万人のための手話言語権に関する
世界ろう連盟憲章
1. 序章
1.1. 本憲章 の署名者である我々は、「世界人権宣言」、「国連子どもの権利に関する条約(CRC)」、「国連障害者の権利に関する条約(CRPD)」、「国連女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(CEDAW)」、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」とその「持続可能な開発目標」、及びその他すべての国際人権条約で定められているように、ろう者の社会へのインクルージョンやろう者のニーズ・尊厳・人権の認知を守るために、必要なあらゆる措置を講じるという強い約束を再確認する。
1.2. 我々は、CRPDに沿った、「障害の医学モデル」から「障害の人権モデル」へのパラダイムシフト(概念的枠組みの抜本的変化)を強調する。ろう者は他の市民と同じように社会に参加する平等な機会を与えられるという人権を持っている。
1.3. 我々は、ろう者が差別なく人間的・市民的・文化的・政治的権利を完全に享受するために、ろう者の手話言語使用による社会および公的・私的生活への平等なアクセスを保証するよう努力する。この憲章を通じて、我々は、ろう者を自らの運命の主体として位置づけ、社会にインクルージョンするという我々の集団的意志を再確認する。
1.4. 本憲章の目的として、「万人のための手話言語権」には、手話言語の使用によるコミュニティ(ろうコミュニティを含む)や主流のサービスへの完全かつ効果的なアクセスによる恩恵を受けるための、ろう者、ろう児、ろうの若者、ろうの女性、ろうの年長者、ろうのLGBTQIA+、ろうの移民、盲ろう者、ろう児の家族、ろう者の子ども(CODA コーダ)、及びその他の手話言語使用者の権利が含まれる。
2. 手話言語
2.1. 我々は、「国際ろう者週間」の一環として、9月23日を「手話言語の国際デー」とする国連総会決議(A/C.3/72/L.36/Rev.1)を全面的に支持し、その促進を図ることを約束する。このように認知が広がることは、各国の手話言語を、各国の音声言語や書記言語と同等の公式言語として法的認知することを促進する。
2.2. 我々は、各国の手話言語は、ろう者を社会にインクルージョンするための鍵であると認識している。各国の手話言語は完全で複雑な自然言語であり、音声言語(音声、音素、音節、形態、構文、談話、語用論の各レベルの体系を含む)と同じ言語特性を持つ。手話言語はろう児の母語であり自然言語である。手話言語は、ろう児のろうコミュニティや社会へのインクルージョンの鍵であり、彼らのアイデンティティやコミュニティの構築を促進している。
2.3. 我々は、ろうコミュニティが、言語的・文化的グループと障害者運動の両方に属する、特有な権利の交差性を持っていることを認識する。ろう者は、独自のアイデンティティを持っている。独自のアイデンティティとは、主に、自国の手話言語と、手話言語の使用という共通の経験に基づいた社会的つながりに結びついている。手話言語とろう文化は、多言語使用を強化し、言語と文化の多様性を世界的に促進・保護・保存する手段である。ろう者はすべての文化的・言語的・民族的マイノリティの中に存在し、ろうコミュニティは多様で交差的なコミュニティである。
2.4. 我々は、1880年にイタリアのミラノで開催された「第2回ろう教育国際会議」で、ろう児の教育において手話言語の使用を禁止する決議がなされたことを遺憾に思い、深く反省している。この決議は、世界中のろうコミュニティの言語および言語権に広範かつ長期的な影響を与えた。その結果、ろう者は最も基本的な人権である手話言語の使用を否定された。
2.5. 我々は、2010年にカナダのバンクーバーで開催された「第21回ろう教育国際会議」において、ミラノ決議を否定する決議がなされたことに拍手を送りたい。ろう者が手話言語を使用する権利が、生活のあらゆる分野で尊重され促進されることを保証するためには、歴史を忘れてはならない。
2.6. 我々は、手話言語研究センターを設立し、大学およびその他の学習機関にろう者学(Deaf Studies)プログラムを含めることを約束する。
3. インクルーシブな手話言語環境
3.1. 我々は、ろう児のための質の高いインクルーシブ教育を重視している。これは、自国の手話言語と自国の書記言語のバイリンガル教育によってのみ達成される。バイリンガル学校は、国の公式な教育カリキュラムに従い、手話言語とろう文化の教育を含む必要がある。教師はネイティブレベルの流暢さで手話言語を習得しなければならず、ろう児は「手話をする同年代仲間」や「ろうの大人のロールモデル」に囲まれている必要がある。
3.2. 我々は、ろう児の家族に対し、政府資金による手話言語の研修を提供することを重視する。手話言語は、ろう児が自然に無理なく学ぶことができる唯一の言語である。そのため、ろう児と家族がコミュニケーションをとるために、家族に対する手話言語の学習を支援する必要がある。幼少期からの言語の獲得は、子どもの読み書き能力や認知能力を発達させるために非常に重要であり、ろう児の場合、それは手話言語である。
3.3. 我々は、「ろう者と直接交流する可能性のある広範囲の人々」に手話言語の研修を提供する必要性を強調する。「ろう者と直接交流する可能性のある人々」には、保健医療従事者、社会福祉従事者、雇用者、市民、教師、公務員などが含まれるが、これらの人々に限定されない。
3.4. 我々は、ろう者の社会参加を促進するため、アクセシビリティの手段としての情報・通信・技術の開発と、リレーサービス(ビデオリレーを含む)の利用を奨励する。手話アバターは、事前に収録された顧客情報など、限られた状況で使用される可能性がある。しかし、専門的で資格のある手話言語通訳者や手話言語翻訳者の役割を、手話アバターが行うべきではない。
4. すべてのろう者に平等な機会を
4.1. 我々は、雇用を通じて、ろう者の社会へのインクルージョンを促進することを約束する。ろう者の雇用は、「持続可能な開発目標」やCRPDで強調されている「社会モデル」を実施するための基礎となる。ろう者は、手話言語を通じて可能となるアクセシブルでインクルーシブな労働環境で活躍する機会を与えられる必要がある。これは、ろう者の可能性を最大限に発揮し、社会への参加と貢献を最大化するためである。
4.2. 我々は、ろう者の社会へのインクルージョン・参加を保証するため、資格を有し認定を受けた手話言語通訳者・手話言語翻訳者の専門化と彼らへの完全なアクセスに対し、資金を提供し、促進し、奨励することを約束する。手話言語通訳の訓練プログラムは、ろう者がリーダーとなって確立・発展させる必要がある。ろう者の生活のあらゆる分野において、政府出資のプロの手話言語通訳サービスが提供されなければならない。
4.3. 我々は、ろうの女性が、過小評価され、性別と障害の交差性のために二重の差別を受けていることに留意する。すべてのろう者に対し、男女平等、多様性、社会・意思決定プロセスへの平等な参加を保護するために、特定の手段を実施する必要がある。
4.4. 我々は、保健医療サービスと保健医療関連情報(性と生殖に関する健康管理を含む)、健康予防プログラム(精神科医療や心理療法を含む)が、国内の手話言語でアクセスできるようにすることを約束する。ろう者が人間として成長するためには、またすべての人の人生が尊重され、保護され、尊厳を持つためには、保健医療への平等なアクセスが不可欠である。
5. ろう者のリーダーシップ
5.1. 我々は、ろう組織がリーダーシップを発揮できるように、十分な資金や能力開発の提供、権限の付与を重視する。手話言語を通してのみ、ろう者は堅い意志を持ち、自分たちの人権を要求することができる。
5.2. 我々は、特にグローバル・サウス各国のろう組織の能力開発を可能にするために十分な資金を提供する緊急の必要性に留意する。知識によって、ろう者は力をもち、ろう者の人権実現にむけた持続可能なパートナーシップ構築のために様々な利害関係者と協力することで、ろう者が変化の主体となることが可能になる。
5.3. ジェンダー・年齢・教育・手話言語能力・障害・雇用・性的指向の各分野で、ろう者に関する質の高い調和のとれた信頼のできるデータを提供することの必要性を重視する。このようなデータがあれば、政策立案者は、ろう者が直面している状況を正確に把握することができ、それに応じて適切な強化を行うことができる。
5.4. 我々は、「持続可能な開発目標」とCRPDの実施の計画・実現・監視の過程に、ろう者と代表組織を含めるという約束を再確認し、誰一人取り残さず、「私たちのことを私たち抜きで決めないで”」という原則を実現する。
5.5. 我々は、WFDの価値観・理念や本憲章に従って、手話言語の普及やろう者のインクルージョンに関する戦略や政策を調整することを約束する。
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