連盟創立70周年記念ドキュメンタリー映画



連盟創立70周年記念 ドキュメンタリー映画

1.「段また段を成して(だんまただんをなして)」予告編

 連盟は2017(平成29)年に創立70周年を迎えるにあたり、70年の歴史を紹介するドキュメンタリー映画を製作しました。ぜひ、予告編をご覧下さい。

全国上映:2016年10月~2017年5月

内容:  連盟は1947(昭和22)年に群馬県伊香保温泉で創立以来、先人たちは差別や偏見と闘い、運転免許獲得運動、手話通訳制度化運動、差別法令撤廃運動など、石段を一段ずつ登るように運動を重ね、ろう者の人権を獲得してきました。ドキュメンタリー映画はこれまでの運動の歴史を紹介するとともに、運動の基盤である「仲間・組織」の大切さを訴える内容になっています。

2.「段また段を成して」上映会のご案内

2016年10月より全国各地で上映会を行います。

3.「段また段を成して」上映会の感想

日付 県名 感想
10月
2日(日) 愛知 ろう運動を長くしてきた方には、我慢してきた時代の思い出があり、涙があふれました。
28日(金) 静岡 ろうあ運動の歴史がよくわかりました。運転免許獲得運動、差別法令撤廃運動など苦しみを乗り越えて闘った先人たちは素晴らしいです。これからもみんなと力をあわせてろうあ運動を続けていきましょう。
31日(月) 大阪 国を動かしたのは、当時のろう者の仲間たちのでっかいでっかい「夢」があったからなんだと、この映画を通して感じました。その「夢」はひとつずつ叶えていっているけれど、まだまだ叶えていない「夢」がある。その「夢」を叶えるためには・・と考えさせられる映画でした。
11月
6日(日) 大阪 ものすごく良かったです。改めてろう者との関わり方を考えさせられました。また、他の市で上映があれば見に行きたいです。
12日(土) 静岡 貴重な資料や映像を見て、先人の苦労を感じることができ、感涙する程感動した。
23日(水) 愛知 改めてろう運動をするには、聞こえない人と聞こえる人と一緒に歩むことだと実感しました。もっと知りたくなりました。
28日(月) 京都 健聴者からは「ろうあ者の怒りによって」という言葉や、「運動はまだまだ続いていく」ということに衝撃を感じた、印象深かった、との声があった。
28日(月) 京都 鑑賞後に何人ものろう高齢者が過去の体験や苦労、また運転免許運動やアイラブパンフ活動の思い出等を様々に語ってくれ、大変有意義な時間となった。
28日(月) 京都 1年前に退会された非会員から「来年から会員に復帰します」とお便りがありました。「非会員でいいやと思っていたのを改めさせられた」とのこと。

4.「段また段を成して」の手話表現

①両手「コ」形を、右・左の順に、胸前に弧を描くように前方に斜めに上げ、

②左手を残したまま、開いた右手2指を左手指の先から前方に斜めに上げる。

【解説】
 全日本ろうあ連盟創立の地、群馬県伊香保温泉に高く、遠く、果てしなく続く石段があります。それを与謝野晶子は「段また段を成して」とうたいました。連盟は創立から70年間差別と偏見と闘い、石段を一段一段登るように運動の成果を積み重ねてきました。ろうあ運動はこれからも長く先に続き、さらなる成果を目指しています。
 手話は、「ろうあ運動よ、永遠に」の想いを込めての新しい手話です。

5.「段また段を成して」の紹介

<視覚障害者・盲ろう者向けテキスト>
ろうあ者の言葉、それは「手話」
「手話」無くして私たちは闘うことはできなかった
私たちにとって、まさに「手話はいのち」
 
■監督・脚本:倉野 直紀
■撮影:菊地 正美
■題字:髙田 英一
■製作:一般財団法人全日本ろうあ連盟
■制作:認定NPO法人CS障害者放送統一機構
 
■あらすじ
 400年もの時をゆったりと流れる伊香保の湯。そして幾多の人々が登った伊香保の石段。一段一段登っていくと石段に刻み込まれた一節にふと目が留まった。与謝野晶子の詩「榛名山の一角に 段また段を成して・・」。
 先人たちは70年の長きに亘り石段を一段一段登っていくかのように、苦しみを乗り越え、差別や偏見とたたかってきた。連盟の歩みは正に段また段を成し、その積み重ねがあって、今の私たちがある。
 全日本ろうあ連盟結成の地、伊香保温泉での久保田明(連盟結成時に立ちあい、それから今に至るまで長年ろうあ運動に携わってきた)と柊カナ(ろうあ協会に入って間もない若いろうあ者)のやり取りを軸として、ナビゲーターと当時の貴重な資料や映像を交えて、段また段を成すかのように、ろうあ運動の歴史の積み重ねを描き出す。
 群馬県伊香保温泉の「ホテル木暮」に建つ「全日本聾唖連盟結成大会記念碑」を訪れた久保田明は、碑に刻まれている『手話はいのち』に思いを馳せ、ここから始まった連盟70年の歴史を柊カナに語りはじめた。
 
〈聾唖の世界を一つに〉
1915(大正4)年の日本聾唖協会結成と戦時中の解散。そして、戦後まもない昭和22年5月、全国からろうあ者が「我らの組織を」「聾唖の世界を一つに」と伊香保温泉「木暮旅館」に集う。この時の状況を当時の生々しい状況を伝える『記録簿』と『回想(著者大家善一郎氏(2代連盟長)』よりたどる。
 
 
〈手話はいのち〉
久保田は柊に、ろうあ者の大切な言葉「手話」が認められていなかったと語る。当時、手話は動物みたいとあざ笑われ、社会はろうあ者への差別や偏見に満ち溢れており、ろうあ者の人権は認められてはいなかったのだ・・・。
 
〈聞こえないことは悪いことなのか-ろうあ者にも運転免許を-〉
昔、久保田と一緒に運動した仲間、赤城肇は、柊に岩手県で起きた無免許運転裁判から道路交通法88条改正へのたたかいを語る。
そして外にはまだこれからも運転免許獲得運動が続いていくことを象徴するエピソードが。 
 
〈聞こえる仲間とともに-アイラブパンフ運動・差別法令撤廃運動-〉
京都での手話サークル誕生から全国での手話講習会開催。それは、ろうあ者の仲間が手話を学ぶ聞こえる仲間が増えていったことを意味している。聞こえる仲間と共に手話通訳の認定・設置・派遣の制度化を求めて、国民の1%である120万人の署名運動(アイラブパンフ運動)、そして手話通訳士の誕生と手話通訳派遣事業・設置事業の開始。そして更に多くの仲間を得て、ついに民法11条から医師法・薬剤師法など、聞こえないことを理由にろうあ者の社会参加を阻む差別法令撤廃運動につながってゆく。
 
〈一人はみんなのために、みんなは一人のために〉
かつて、動物みたいだとあざ笑われてきた「手話」は、障害者権利条約、障害者基本法の改正で、言語であると認められた。そして、全国の仲間たちが手話言語法制定運動を展開し、2016(平成28)年3月に全ての市町村で「手話言語法意見書」採択、2013(平成25)年には全国に先駆けて鳥取県での「手話言語条例」採択へとつながった。70年に亘ってろうあ者の人権獲得を掲げ、ろうあ運動を続けてきた全国の仲間たち。これからもろうあ運動は引き継がれていく・・・。
 
【解説】
これは、70年の長きに渡り、先人たちが苦しみを乗り越え、差別や偏見と闘ってきた、私たちのそして全日本ろうあ連盟の歴史の積み重ねをドキュメンタリーにしたものである。
 
 かつて、手話は嘲笑の対象であり、社会からの差別や偏見を受けながら、ろう者たちは生きてきた。しかし、全国の仲間や聞こえる仲間が一つとなり、運転免許獲得運動、手話通訳制度化運動、差別法令撤廃運動を成し、ろう者をとりまく環境は着実に向上してきた。そして現在、全国の仲間が一つとなり、手話言語法制定運動が沸き起こっている。
 「手話はいのち」の言葉に託し、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」運動していくことの大切さが、このドキュメンタリーの根底に流れている。
 この映画の題名『段また段を成して』は、私たちが伊香保温泉の石段を一段一段、踏みしめて登っていくように、70年前から積み重ねてきたろうあ運動の歴史を象徴するものである。連盟結成の地、群馬県伊香保温泉から、物語は幕を開ける-