インクルーシブ教育に関するWFD方針説明書日本語試訳の公開



 世界ろう連盟が2018年5月20日に承認したインクルーシブ教育に関する方針説明書の日本語試訳を公開します。

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インクルーシブ教育に関するWFD方針説明書

(全日本ろうあ連盟試訳)
2018年5月10日、WFD理事会にて承認

1. 重要なポイント

  • 世界ろう連盟(WFD)は、国連障害者の権利条約(CRPD)1の起草および実現における重要な利害関係人として、ろうの学習者のインクルーシブ教育の推奨、すなわち、手話言語による直接教授、手話言語を用いるろうの教員・同級生や、手話言語の学習を含むバイリンガルカリキュラムへのアクセスによる質の高い教育を提唱します。
  • WFDは、ろうの児童生徒にとって真にインクルーシブになっておらず、ろう者の学習ニーズを満たしていないインクルーシブ教育のモデルを採用する国が世界各地で増えていることを懸念しています。
  • WFDは、締約国ならびに、国連障害者の権利委員会(CRPD委員会)発行した2016年の一般的意見第4号による2、教育に関するCRPD第24条についての解釈のあり方に懸念をおぼえています。
  • ろう者のインクルージョンを、一般校に通わせることであるとする近年の流れを、WFDはとりわけ懸念しています。なぜなら一般校では、ろう教員による指導を含む、手話言語による直接教授への適切なアクセスを欠いた環境であることがしばしばあるからです。この種の就学配置は、多くのろうの学習者にとってのインクルージョンを担保していません。インクルージョンを一般校への入学と定義する運用のあり方は、WFDがCRPD第24条立案の経緯においても提唱してきたインクルージョンの幅広い定義、すなわち、ろう者のバイリンガル教育をインクルーシブ教育の一形態とすることと矛盾しています。
  • WFDは、ろう者のインクルーシブ教育の形態は、多様なモデルを取るものであり、かつ幅広い環境において行われるものと認識しています。

2. はじめに

世界各地のろうの子どもたちは、不適切な学習環境ゆえの教育上の困難に直面しています。2006年にCRPDが発効して以来、ろうの子どもたちを一般校に通わせる流れが続いていますが、それらはしばしば、手話言語による直接教授、ろうの教員による指導、およびバイリンガル教育へのアクセスを欠いたものとなっています。複数の文脈において、この流れはろう学校の閉鎖という、ろうの子どもたちのインクルージョンに多大な影響をおよぼす出来事を伴っています。

例を挙げると、欧州連合に属する39か国における最近の調査によると、調査を行った国の68%で、過半数のろうおよび難聴の子どもたちが、一般校に通っていることが分かりました3。米国およびカナダでは、一般校への就学の広がりは80-90%におよびます4。このような文脈の中で、多くのろう学校が閉鎖されました。多くの研究で、ろうの生徒とそのクラスメートたちの学習成果には、無視できない格差が生じており5、一般校の環境が、ろうの生徒たちの言語学習上のニーズに見合っていないことを示しています6

WFDは、手話言語について複数回の言及をしているCRPD第24条の起草において、中心的な役割を果たしてきました。この過程の一部において、ろうの児童生徒のバイリンガル教育は、インクルーシブ教育制度の一形態であるという立場を示してきました7。その後の条文案において、インクルージョンとは一般校への就学であるという、運用上の定義がなされるようになっていきました。しかしながら、ろう、視覚障害、盲ろうの生徒たちは、彼ら独自のニーズがあることが認識されている上で、一般的な支援を一貫して享受することが出来るのです8。この例外性とろう生徒のニーズへの理解は、たとえば、1994年の「サラマンカ声明および特別ニーズ教育に関する行動のための枠組み」の文言「聾者および盲聾者は特有のコミュニケーションニーズがあるため、彼らの教育は特殊学校もしくはメインストリーム校内の特殊学校やユニットでより適切に提供されるかもしれない」(パラグラフ21)にみられるように、先行・現行の国連文書でも維持されてきました9。この視点は、国連の「障害をもつ人びとの機会均等化に関する基準原則」にも反映されています10。さらに最近では、2018年の、CRPD、平等と無差別に関する一般的意見第6号(パラグラフ65)に「教育の場におけるろう児の平等と無差別を確保するために、ろう者の同級生および成人ろう者のいる、手話言語による学習環境を提供しなければならない」と明記されています。11

ろうの児童生徒たちには、手話言語による指導、手話言語およびろう文化を学ぶ機会ならびに、仲間とともに言語・文化の発達を可能にする集団的な環境を必要とする独自のニーズがあります。彼らの共有する存在論や経験のゆえに、ろうの児童生徒たちは、彼らのことを代弁し、彼らに社会・文化資本を伝えてくれる立場であるろうの教員からの指導を必要としています12。こうした権利は、CRPD第24条3(c)に「盲人、聾者又は盲聾者(特に盲人、聾者又は盲聾者である児童)の教育が、その個人にとって最も適当な言語並びに意思疎通の形態及び手段で、かつ、学問的及び社会的な発達を最大にする環境において行われることを確保すること」と明記されています。このような環境設定は、一般的意見では、多くのろう児童生徒の自己確立や教育的達成にとって不利益なものとして作用する「分離」とみなされているようです13。こうした自己確立や学習は、手話言語による直接指導やバイリンガル教育を通して獲得されるものですが、一般校の環境で、このような指導が効果的に提供されないことは頻繁に起こるからです。さらに、CRPD第24条(4)は締約国に対し「手話[又は点字]について能力を有する教員(障害のある教員を含む。)を雇用し[…]適当な措置をとる」ことを求めています。いわば、CRPDはろうの児童生徒がろうの教員から学ぶ権利があることを支持しているのです。一般的意見第4号は、一般校がすべての生徒に支援を提供することを求めている一方で、ろう学校その他手話言語が使われる場という、ろうの学習者が手話言語と識字を習得する機会であり、さらには教育的達成や文化的アイデンティティの発達の可能性を有する環境の価値を認識できないままでいます。それに対して、2018年の平等と無差別に関する一般的意見(パラグラフ65)は、特にろうの教員のいる手話言語環境の提供を求めています。

3. インクルーシブ教育を定義する

WFDは、インクルージョンをどのように定義するか、研究者の間でも幅があることを認識しています。しかし、どの学校に就学するかということにのみ焦点をあてた定義は、インクルージョンの基準を満たしてはいません。インクルージョンは、学校のような公の制度に参加し、自分たちの可能性を伸ばす学習者の権利です14。言い方を変えれば、インクルージョンとは経験であり、どこに通学するかということではないのです15。ろう者に関しては、第24条(3)および(4)が示すように、教育者は言語と社会性の発達にとりわけ注意を払い、手話言語の到達度と評価についての意識を持たねばなりません16。さらに、手話言語と文化的アイデンティティを共有する仲間や教員たちと交わる機会によって満たされる、ろうの学習者の社会情緒的発達のニーズに、教育者たちは特別な注意を払わなければなりません。

第24条(4)は、手話言語の能力を有する教員の雇用について述べています。WFDは、高等レ教育でしばしば困難に直面し17、バイリンガル教育プログラムの成立を切実に必要とする18成人ろう者の教育の機会ならびに、すべての教員が高レベルな手話言語運用能力が得られるように支援する教員養成制度を求めます。教員は最低限でも、ヨーロッパ言語共通参照枠の手話言語版19、全米外国語教育協会の言語運用能力ガイドライン、かつ/またはその他の各国もしくは地域で用いられている、教育における言語能力評価のガイドライン20の定めるネイティブに近いレベルの手話言語の運用能力が求められるでしょう。

CRPD第9条は、公的サービスを利用するために手話言語通訳を利用する権利について記述しています。WFDは、手話言語通訳の提供はろうの学習者にとって重要な教育的オプションや支援の一部であることを認識しますが、通訳者が手話言語による直接教授や完全にアクセシブルな手話言語環境の代替物にはならないことを強調しておきます21。手話言語通訳者の提供は、バイリンガル教育ではなく、むしろ、多数派の音声言語による教育を通訳者を介して行っているということなのです22

4. インクルーシブ教育の効果的なモデル

ろうの学習者にとってのインクルーシブ教育を実現するには、すべての学習者がどの学校に通おうとも、手話言語による質の高い指導にアクセスすることが不可欠です。これはつまり、通訳者やノートテイカーといった支援方法の便宜は、他のろうの生徒や、ろう教員を含めた手話言語の堪能な教員とともに学ぶ機会や、バイリンガル教育の教材、学校科目として手話言語を学ぶ機会をともなっていなければなりません23。ろうの学習者にとって、質をともなうインクルーシブ教育を実現する中心的な課題は、教員を目指すろう者の免許取得を支える教員養成、教師の手話言語習運用能力、質の高いバイリンガル教育課程と教授法の開発、バイリンガル学習者としてのろう者への高い期待のニーズを認識することです。そして、保護者とデフコミュニティの参画を支える学校へのニーズもあります。

最近の国際的な研究が述べるように24、ろう者にとってのインクルーシブ教育の効果的なモデルは、手話言語を用いるろう者の教職員を高い比率で雇用する、質の高いろう学校も含まれます。ろう学校は、一般校に通うろうの生徒に、手話言語を用いる同級生集団やろう教員を含めた支援や資源を提供することも可能です25。地方に暮らすろうの生徒にとって、一般校の環境を支援するろう学校の役目はとりわけ重要です。なぜなら、遠距離教育や、ろう学校への通級の機会の提供と言う形での支援が出来るからです26

ろう者にとってのインクルーシブ教育には、ろうの教員と聞える教員がチームとなり、手話言語と音声言語で、教室内のろうおよび聞える生徒に同時に指導をする共同就学モデルも含まれます27。共同就学モデルには、一般校内の別の教室に、ろう者のためのバイリンガルプログラムを設けて通級する形態もあり得ます28。こうした環境では、ろうではない生徒たちも、手話言語による指導を受けるということが重要です。

どちらのモデルにおいても、ろうの教員が、聞える教員と同等の役割を享受し、すべての教員がネイティブレベルに近い手話言語の習熟度があることが不可欠です。さらに一般校のカリキュラムに加え、手話言語のカリキュラムにもろうの生徒たちがアクセス出来、また、学位を得、一般校の生徒たちに対して開かれているさらなる教育の機会にも、平等にアクセス出来なければなりません28。また、ろうの生徒たちは、ろう者の視点で音声言語を学ぶ、つまり、学びの基本としての手話言語を用いて、主に書記言語を学ぶ音声言語カリキュラムにアクセスできなければなりません。

5. 結び

障害者の権利に焦点を当てた人権文書は、手話言語の認知とろう児のバイリンガル教育の提供を切望するデフコミュニティの意図に反する個別のアプローチを取ることがしばしばあります。ろうの学習者の言語・文化アイデンティティのニーズを明確に認知したCRPDは、こうしたアプローチに対して例外を提供してきました。しかしながら、教育に関する近年のCRPD第24条の解釈は、教育において手話言語を用いる人権の認知と達成に関して、より一層の注意が求められることを示しています。

WFDは締約国ならびに関係団体に対し、インクルーシブ教育の原則がろうの学習者に関わっているためこれらの解釈に特別な注意を払うこと、またインクルーシブ教育制度において手話言語ならびにデフコミュニティの言語アイデンティティが推進されることを保証するよう取り組むことを強く求めます。

1 https://www.un.org/development/desa/disabilities/convention-on-the-rights-of-persons-with-disabilities.html
2 CRPD/C/GC/4 リハビリテーション協会による和訳 http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/rightafter/crpd_gc4_2016_inclusive_education.html
3 Krausneker, V., Becker, C., Audeoud, M., and D. Tarcsiová. 2017b. “Legal Foundations Supporting the Use of Sign Languages in Schools in Europe.” In UNCRPD Implementation in Europe: A Deaf Perspective. Article 24: Education, edited by K. Reuter, 68-84. Brussels, Belgium: European Union of the Deaf.
4 Antia, S. 2014, June 24. “Making Inclusion Happen: Factors Leading to Success.” Paper presented at Symposium on Sign Bilingualism and Deaf Education, Chinese University of Hong Kong, Shatin, Hong Kong; Ontario Ministry of Education. (2018). Provincial and demonstration schools in Ontario: Moving forward. Retrieved April 9, 2018 from http://www2.edu.gov.on.ca/eng/parents/robarts.html.
5 Weale, S. 2018, January 8. “Educational Support for Deaf Children in England ‘In Complete Disarray.’” The Guardian. Accessed February 13, 2018. https://www.theguardian.com/society/2018/jan/08/educational-support-for-deaf-children-in-england-in-complete-disarray; Weale, S.
6 Holmström, I. and K. Schönström. 2017. “Resources for Deaf and Hard-of-Hearing Students in Mainstream Schools in Sweden: A Survey.”Deafness and Education International, 19(1), 29-39. doi: 10.1080/14643154.2017.1292670
7 Kauppinen, L. and M. Jokinen. 2014. “Deaf culture and linguistic rights.” In Human rights and disability advocacy edited by M. Sabatello and M. Schulze, 131-145. Philadelphia: University of Pennsylvania Press.
8 Murray, J., De Meulder, M., and D. le Maire. 2018. “An Education in Sign Language as a Human Right? An Analysis of the Legislative History and on-going Interpretation of Article 24 of the UN Convention on the Rights of Persons with Disabilities (CRPD).” Human Rights Quarterly, 40(1), 37-60. doi: 10.1353/hrq.2018.000
9 http://www.unesco.org/education/pdf/SALAMA_E.PDF
10 Murray et al
11 CRPD/C/GC/6.
12 Kusters, M. 2017. “Intergenerational Responsibility in Deaf Pedagogies.” In Innovations in Deaf Studies: The Role of Deaf Scholars edited by A. Kusters, M. De Meulder, and D. O’Brien, 241-262. New York: Oxford University Press.
13 Par. 11 of the General Comment No. 4 (2016) on the Right to Inclusive Education states, “Segregation occurs when the education of students with disabilities is provided in separate environments designed or used to respond to a particular impairment or to various impairments, in isolation from students without disabilities.”
14 Snoddon, K. and K. Underwood. 2014. “Toward a social relational model of Deaf childhood.” Disability & Society, 29(4), 530-542. doi: 10.1080/09687599.2013.823081
15 Jones, M. 2011. “Inclusion, Social Inclusion, and Participation.” In Critical Perspectives on Human Rights and Disability Law, edited by M.H. Rioux, L.A. Basser, and M. Jones, 57-82. Leiden, The Netherlands: Martinus Nijhoff Publishers.
16 Simms, L., Baker, S. and M.D. Clark. 2013. “The Standardized Visual Communication and Sign Language Checklist for Signing Children.” Sign Language Studies, 14(1), 101-124. doi: 10.1353/sls.2013.0029
17 Danielsson, L. and L. Leeson. 2017. “Accessibility of Teacher Training and Higher Education From a Deaf Perspective.” In UNCRPD Implementation in Europe: A Deaf Perspective. Article 24: Education, edited by K. Reuter, 139-153. Brussels, Belgium: European Union of the Deaf.
18 Mahshie, S.N. (1995). Educating Deaf children bilingually: With insights and applications from Sweden and Denmark. Washington, DC: Gallaudet University Press.
19 European Centre for Modern Languages of the Council of Europe. 2018. Sign Languages and the Common European Framework of Reference for Languages: Descriptors and Approaches to Assessment. Accessed February 13, 2018. https://www.ecml.at/ECML-Programme/Programme2012-2015/ProSign/tabid/1752/Default.aspx; Reuter, K. 2017. “UNCRPD Article 34 and the UNCRPD Committee’s General Comment No 4 on the Right to Inclusive Education: An EUD Perspective.” In UNCRPD Implementation in Europe: A Deaf Perspective. Article 24: Education, edited by K. Reuter, 49-67. Brussels, Belgium: European Union of the Deaf.
20 American Council on the Teaching of Foreign Languages. 2012. ACTFL Proficiency Guidelines 2012. Accessed February 13, 2018. https://www.actfl.org/publications/guidelines-and-manuals/actfl-proficiency-guidelines-2012
21 Russell, D. and B. Winston. 2014. “Tapping Into the Interpreting Process: Using Participant Reports to Inform the Interpreting Process in Educational Settings.” Translation & Interpreting, 6(1), 102-127. doi: ti.106201.2014.a07
22 De Meulder, M., Krausneker, V., Turner, G., and J. Bosco Conoma. (in press). “Sign Language Communities.” In Handbook of Minority Languages and Communities, edited by G. Hogan-Brun and B. O’Rourke. London: Palgrave Macmillan.
23 Kauppinen and Jokinen; Snoddon and Underwood.
24 Fevlado. 2015. Vlaanderen is Gelijke Kansen. Accessed February 13, 2018. http://www.fevlado.be/fevlado-vzw/nieuws-prikbord/actualiteit/?d=600; Krausneker, V., Becker, C., Audeoud, M., and D. Tarcsiová. 2017. “Bimodal Bilingual School Practice in Europe.” In UNCRPD Implementation in Europe: A Deaf Perspective. Article 24: Education, edited by K. Reuter, 154-172. Brussels, Belgium: European Union of the Deaf.
25 Krausneker et al. 2017. “Bimodal Bilingual School Practice in Europe.”
26 Krausneker et al. 2017. “Bimodal Bilingual School Practice in Europe.”
27 Lamothe, C. 2017. “Association 2LPE CO: Bilingual Enrolment for Immersion and Collective Inclusion.” In UNCRPD Implementation in Europe: A Deaf Perspective. Article 24: Education, edited by K. Reuter, 214-227. Brussels, Belgium: European Union of the Deaf; Tang, G., Lam, S. and K.C. Yiu. 2014. “Language Development of Deaf Children in a Sign Bilingual and Co-enrollment Environment.” In Bilingualism and Bilingual Deaf Education edited by M. Marschark, G. Tang, and H. Knoors, 313-341. New York: Oxford University Press. 28 Fevlado; Krausneker et al. 2017. “Bimodal Bilingual School Practice in Europe.”
28 Reuter.