文部科学省へろう教育等に関する要望書を提出



 2016年10月21日(金)、全日本ろうあ連盟教育・文化委員会は、文部科学省へろう教育等に関する要望について要望書を提出し、意見交換を行いました。

【写真】中央:全日本ろうあ連盟 教育・文化委員会 委員長 石橋大吾
    右:      〃            副委員長 服部芳明

文部科学省へ要望書を提出

文部科学省対応課
・初等中等教育局: 特別支援教育課 財務課 教職員課 児童生徒課 教科書課
・高等教育局:   学生・留学生課
計9名

連本第160466号
2016年10月19日

文部科学大臣
松野 博一 様

〒162-0801東京都新宿区山吹町130SKビル8階
Tel03-3268-8847・Fax03-3267-3445
一般財団法人全日本ろうあ連盟
理事長 石野 富志三郎   

ろう教育等に関する要望について

 時下、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
 日頃より、私どもきこえない人の福祉向上にご理解ご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
 さて当連盟は、2016年6月11日徳島県徳島市において開催された第64回全国ろうあ者大会にて、ろう教育に関する大会決議を行ないました。
 ついては、きこえない・きこえにくい(以下、「きこえない」とする)子どもたち及びきこえない学生が手話による教育を受ける権利の保障に関して、下記の通り要望いたします。
 なお、我が国は、「障害者基本法」の改正を経て、「障害者差別解消法」を制定し、これにより、合理的配慮の提供義務を含めた障害のある方の権利を保障するための国内法が整備され、「障害者権利条約」を批准しました。4月より障害者差別解消法が施行され、障害者を取り巻く環境は一歩前進しましたが、教育現場では課題の改善に取り組む姿勢がなかなか見られません。

 今後、きこえない子どもたちやきこえない教職員ひいては国民全体のために、より一層の課題改善に取り組んでいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

1.きこえない子どもたちが求めるあらゆる教育ニーズに対応できるよう、きこえない子どもたちが在籍する学校に高い専門性を有する教職員を配置してください。

(説明)
①「障害者権利条約」24条(教育)では、一人ひとりのきこえない子どもたちにとって最も適当な言語並びに意思疎通の形態及び手段の確保、及び手話の習得等が謳われています。また、文部科学省の障害者差別解消法対応指針をふまえれば、きこえない子どもたちが手話による意思疎通を望んだ場合、その合理的配慮が必要となります。
 きこえない子どもたちは、ろう学校(特別支援学校も含む。以下同様)においても地域の学校においても、きこえる子どもたちと平等に教育を受ける権利があります。きこえない子どもたちの教育における環境整備を推進し、きこえない子どもたちのもっとも自然な言語である「手話」で教科を教えることができる専門性の高い教職員の配置を促進する(例:教職員の採用時、教員養成課程で手話の学習をした者を積極的にろう学校へ配置する)など、ろう教育の専門性を高めるための施策を積極的に行ってください。
② 教職員が手話で教えるためには、手話言語の習得が必須となります。京都府立ろう学校では教職員の手話技術が未熟なため授業に支障が出ていると生徒たちからの切実な声があがりました。学校教育において教職員と生徒のコミュニケーションが成立しないということはあってはならないことです。特別支援学校の教職員だけでなく、きこえない子どもが通う地域の学校の教職員も含めた、手話言語習得制度を採り入れ、研修制度の拡充を積極的に図ってください。(例:ろう学校へ赴任する教職員への事前の集中手話研修、地域の手話講習会等に参加する際の職免または出張扱いなどの配慮、全国手話検定試験の受検料の補助、ろう学校で開催する教職員・保護者に対する手話講習の外部講師派遣補助など)

2.きこえない子どもたちのアイデンティティ確立のため、ロールモデルの役割を担うことができるきこえない教職員の採用や配置について、具体的な取り組みを行ってください。

(説明)
 「障害者権利条約」24条3(b)には「ろう社会の言語的な同一性の促進を容易にすること」が謳われています。一人ひとりのきこえない子どもたちが自身の成長や将来像を描くためにも、ロールモデルの役割を担うきこえない教職員は極めて重要な存在です。近年、選考時の情報保障が配慮され、念願の教職員となったきこえない方々が増えてきました。これらのきこえない教職員も含め、ろう学校におけるきこえない教職員の採用を積極的に推進してください。

3.きこえない教職員が職務遂行するうえで、その能力を最大限に発揮するための職場環境の改善、研修機会の充実について、具体的な取り組みを行ってください。

(説明)
 「障害者権利条約」21条では、障害者が自ら望む意思疎通支援手段の行使を謳っています。きこえない教職員がその能力を最大限に発揮するための職場環境の改善や情報保障などを促進させる取り組みを行ってください。
 職員会議等では会議内容を視覚化する等の工夫をしている学校もありますが、同僚の教職員からの情報保障支援を受ける例も多く、これについては双方の負担もあります。また、きこえない教職員が管理職になったときの校外の会議や電話応対時の情報保障が整備されていません。公的な情報保障体制を整備してください。
 法定研修や免許更新講習に情報保障がなされるケースが増えつつありますが、まだ不十分な地域もあり地域格差があります。講義内容に手話通訳がそぐわないと講師から断られ受講できなかったケースもあります。また、民間の教科等に関する研究会や学習会参加においては、ほとんど情報保障がつかないため、きこえない教職員の研修機会が結果として限定されてしまいます。行政主催の研修、研究会の情報保障体制の整備、および民間団体による研究会への情報保障に関する補助の充実を図ってください。

4.貴省がその設置を推進している「スクールソーシャルワーカー」及び「スクールカウンセラー」を、全てのろう学校に設置・派遣し、早期教育段階での相談支援も含めてその機能を十分発揮できるようにしてください。

(説明)
 児童生徒や保護者の抱える悩みを受け止めるため、貴省ではスクールソーシャルワーカー及びスクールカウンセラーの設置や派遣を推進していますが、現状では、地域や学校ごとに大きな格差があります。全国のろう学校へのスクールソーシャルワーカー及びスクールカウンセラーの設置・派遣が行われるよう、格差の是正を図ってください。
 ろう学校では、きこえない子どもが支援対象となりますが、コミュニケーション手段について手話等の視覚的手段が主となります。また、心理面で、きこえない子どもがかかえがちな悩み(周りとのコミュニケーションに関する悩み、情報が十分に得られる環境でないために生じる不安、将来への不安等)に対する知識や理解を持った専門家の派遣が求められています。関連機関と連携を持ち、きこえない子どもや保護者(クライアント)のエンパワーや環境整備、関係調整を進めていくためには、きこえない子どもの特性やろう教育、手話に関する知識や社会資源に関する情報を十分に把握しているスクールソーシャルワーカー及びスクールカウンセラーの存在が必要です。
 東日本大震災の反省を踏まえ、先般の熊本地震では、熊本聾学校へ早急にスクールソーシャルワーカーが派遣されました。被災したきこえない子どもたちだけでなく被災した教職員に対しても、スクールソーシャルワーカーの存在は大きく、早期の心の安定が図られたという報告があります。
 平成29年度には全公立中学校へのスクールソーシャルワーカーの設置が見込まれていますが、ろう学校への派遣・配置のほかに、地域の学校へ通うきこえない子どものこともふまえた、地域の関係機関等との連携ができる支援体制を整備して下さい。
 また、きこえない子どもの健やかな成長をめざすためには、早期からの教育や保護者の心理面での支援が不可欠となります。スクールソーシャルワーカー及びスクールカウンセラーの設置や派遣もふまえた、早期・就学前の幼児(0~5歳児)の教育体制の整備、保護者の相談等支援体制の構築を進めてください。

5.国語と同様に「手話言語」を体系的に学ぶことで、きこえない子どもたちが自分の力で考え、判断し、意見を表出でき、総合的な言語力と生きる力が身につくことができるよう、「手話言語」を教科として早急に学習指導要領に導入してください。

(説明)
 「障害者権利条約」24条3(b)では「手話の習得」を容易にすることが謳われていますが、ろう学校には「手話言語」を教科として学ぶ授業がありません。きこえない子どもたちのもっとも自然な言語である「手話」の文法力、表現力、手話が生まれ育まれてきた歴史や文化を学ぶことによって、きこえない子どもたちは自らのアイデンティティを確立し、主体的に生きるための総合的な言語活動が充実します。同時に手話で国語を学ぶことによって、手話と日本語の二つの言語を繋げ、思考力や判断力、表現力が発達し、「生きる力」を身に付けることが期待できます。
 指導者・指導内容・教科書等の体制は、貴省や専門家、当連盟が一体となって作成していくことが望ましいと考えます。
 貴省学習指導要領の前文にある「生きる力」を育むためにも、早急に「手話言語」の教科を導入することを推進してください。

6.学習指導要領にある「総合的な学習の時間」や各教科に、きこえない人や手話等の理解・普及のための副読本を取り入れてください。

(説明)
 小学校、中学校、高等学校で行われる「総合的な学習の時間」では、それぞれの学校で任意に内容を決め、授業が行われていますが、この時間を活用して、様々な障害者について正しく学ぶことが必要と考えます。手話言語条例を制定した地域の広まりや、手話を広める知事の会、全国手話言語市区長会の設立の影響もあり、きこえない人への理解や手話等の学習をする学校は急速に増えています。この時間に使用するきこえない人や手話等の理解・普及のための副読本について、文部科学省として検討を行ってください。また、様々な教科の検定教科書にも、きこえない人や手話・指文字に関する内容を入れてください。

7.高等教育機関(大学等)へ障害学生コーディネーターの配置を徹底してください。また、その質を担保するための研修や、社会資源等の活用も取り入れてください。同様に情報保障者の質を担保するための研修等や社会資源の活用も取り入れてください。

(説明)
 現在、一部の大学では障害学生コーディネーターを配置し、きこえない学生の支援を行っているところがあります。しかし、きこえないことに関する知識不足などで十分な支援となっていないところや、情報保障者がボランティアであることが多く、その質が担保されないため、結果としてきこえない学生への情報保障が十分でないという現状があります。
 平成28年4月より障害者差別解消法が施行されましたが、改善されていない大学も多数あります。
 障害学生コーディネーターが十分な知識を持ち、質が担保された情報保障者がきこえない学生の支援にあたることで、きこえない学生の学ぶ機会がさらに拡充できるよう、貴省として障害学生コーディネーターの配置と情報保障者の社会資源活用等を推進してください。