文部科学省に「ろう教育について」の要望書を提出

 ろう教育等に関して、12項目の要望を申し入れました。
 「手話の捉え方」、手話言語の獲得、専門性の高い教職員の配置、子どもたちやきこえない教職員への情報保障体制、難聴児支援ネットワーク、カウンセリングのあり方、国歌の手話言語試行版の普及、昭和8年の鳩山大臣発言に対する見解等について申し入れと意見交換を行いました。
 今後も引き続き意見交換を進めていきます。

要望の様子

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連本第220179号
2022年7月 11日

文部科学大臣
 末松 信介 様

東京都新宿区山吹町130 SKビル8階
電話03-3268-8847・Fax 03-3267-3445
一般財団法人全日本ろうあ連盟
理 事 長  石野 富志三郎

ろう教育等に関する要望について

 時下、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
 日頃より私どもろう者等の福祉向上にご理解ご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
 我が国は2014年にようやく「障害者権利条約」を批准し、2016年4月より障害者差別解消法が施行され、障害者を取り巻く環境は一歩前進しましたが、教育現場では未だ課題が山積している状態です。昨今の新型コロナウイルス感染症の影響もあり、きこえない子どもたち、きこえない保護者、きこえない教職員を取り巻く環境が、平常時にも増して不安定なものとなっています。
 当連盟は「手話言語法」の制定を視野に入れ、子どもたちが教科として「手話言語を学び」、学問を「手話言語で学ぶ」環境整備を強く求めます。
 今後、きこえない子どもたちや保護者、教職員、ひいては国民全体のために、より一層の課題改善に取り組んでいただきたく、下記の通り要望いたします。

1.2020(令和2)年3月に貴省で発行された「聴覚障害教育の手引き~言語に関する指導の充実を目指して~」31ページに「手話の捉え方」について、手引書を引用されている教職員へ誤解を与えかねないので、速やかに修正文書を送付するよう取り組んでください。
<説明>
 「聴覚障害教育の手引き~言語に関する指導の充実を目指して~」31ページ「手話の捉え方について」に「日本手話」「日本語対応手話」の記載がありました。
 「日本手話」「日本語対応手話」と、ひとつの国の手話言語を二分化することで、手話言語話者の間に対立や分断が生まれる恐れがあります。当連盟は、同じ言語を使う仲間にそのような分断を生むべきではないと考えており、貴省が発刊される手引きで、「日本手話」「日本語対応手話」の分類が公認のように用いられたことをきわめて残念に思います。またこのような視点での分類は言語学の求める科学的な姿勢ではないと考えます。このままでは手引書を引用されている教職員へ誤解を与えかねないため、以下の当連盟ホームページと参議院事務局企画調整室からのコメントをご覧いただき、速やかに修正文書を送付するよう取り組んでください。
https://www.jfd.or.jp/2021/02/10/pid21617

2.地域の通常学級や特別支援学級等に通うきこえない子どもが、手話言語を獲得し、心理的に安心して学べる学校にしていくためにも、手話言語に触れる環境の整備に取り組み、きこえない子どもたちのアイデンティティの確立を図ってください。
<説明>
 当連盟教育・文化委員会は、2021(令和3)年度に都道府県及び政令指定都市の聴覚障害者団体を対象とした実態調査を行い、地域の学校及び特別支援学級に通っているきこえない子どもたちの課題を分析しました。
 この結果から、地域の学校に通う多くのきこえない子どもたちは、乳幼児期から手話言語に触れる環境がない、きこえないことを受け入れがたい、手話言語の未習得等から孤立しがちであることが改めてわかりました。このきこえない子どもたちの中には、大学や専門学校等の高等教育機関に進学し、初めて自分と同じ仲間に出逢い、手話言語を習得する人もいますが、そうでない子どもたちも多く、大人になってもコミュニケーションが原因で社会に対応できず引きこもるケースもあります。子どもたちが特別支援学級等に通っている間に手話言語に触れる環境を作り、きこえない子供たちのアイデンティティの確立を図ってください。

3.きこえない子どもたちが求める教育的ニーズに対応できるように、「特別支援学校教諭の教職課程コアカリキュラム」に、きこえない子どもたちの教育に関わる重要なポイントを位置づけ、きこえない子どもたちが在籍する学校に「専門性の高い教職員(きこえない教職員を含む)」を配置してください。
<説明>
 地域の学校や特別支援学級等できこえない子どもを担当する多くの教員は、ろう教育の専門知識や経験が乏しく教育の方法がわからないことが多く、きこえない子どもたちが求める教育的ニーズに対応できない課題があります。人工内耳や補聴器を装用するきこえない子どもたちを地域の学校や特別支援学級等で教育を行う際は、1)ことばを育てる、2)学力を保障する、3)社会性を育てる、4)聴覚障害者としてのアイデンティティの確立を図る、5)医療・福祉・保健・教育の連携のあり方等、重要なポイントを教職課程のコアカリキュラムの中に位置付けてください。
 また、特別支援学校の教師は、通常小学校等教諭の免許状に加えて特別支援学校教諭の免許状を所持することとされていますが、「教育職員免許状」附則第15条により、「当分の間、特別支援学校教諭の免許状を所持していなくても特別支援学校の教師になれる」とあります。
 「専門性の高い教職員(きこえない教職員を含む)」を配置するため、附則第15項規定の撤廃と特別支援学校教諭専修免許状(聴覚障害)を持つ教員の増員・養成強化に早急に取り組んでください。

4.GIGAスクール構想において、地域の学校や特別支援学級等に通う子どもたちの情報アクセスの保証を確保する環境の整備を図ってください。
<説明>
 今般の新型コロナウイルス感染症により、義務教育、高等教育ともに、オンラインでの対応が増加し、「GIGAスクール構想」が急速に展開されています。
 しかし、地域の学校に在籍するきこえない子どもにとって、YouTubeによる授業などのタブレット端末を用いた授業では、手話通訳等の情報保障がないので十分な授業が受けられません。「GIGAスクール構想」では音声文字変換システムやマイク等の予算が準備されていますが、手話通訳者や要約筆記者等の人材的な予算は含まれていません。
 長野県では公立高校に在籍するきこえない生徒のために、要約筆記をつける予算を設けました。しかし、これは都道府県に裁量に委ねられているため、きこえない子どもの教育における地域格差が生じることを危惧しています。手話通訳や要約筆記等の予算をつけるなどで、きこえない子どもたちがタブレット端末による授業でも情報アクセスができる環境の整備を図ってください。

5.「保健、医療、福祉と連携した聴覚障害のある乳幼児に対する教育相談充実事業」について、厚生労働省の「聴覚障害児中核機能モデル事業」と十分な連携をとり、難聴児支援ネットワークには当事者団体を参画させるよう、都道府県に働きかけてください。
<説明>
 貴省では2020(令和2)年より、「保健、医療、福祉と連携した聴覚障害のある乳幼児に対する教育相談充実事業」を厚生労働省の「聴覚障害児中核機能モデル事業」と共同で実施されています。事業実施形態は、その地域における難聴児支援の既存の枠組みを活かしていくところが多く、ろう当事者が、モデル事業の協議会に参加できていないところもあります。
 これまでの要望では、厚労省の管轄であり文科省の所轄外のため詳細は把握していないとの回答をいただきました。しかし、この事業は厚労省と進めた「難聴児の早期支援に向けた保健・医療・福祉・教育の連携プロジェクト」の結果によるものと認識しております。厚労省との一層の連携と情報の共有を図り、この事業において構築される難聴児支援ネットワークには、必ずろう当事者団体を構成員として参画させるよう、厚労省と連携して都道府県及び政令指定都市に働きかけてください。

6.きこえない教職員が職務を遂行するうえで、その能力を最大限に発揮するための職場環境の改善、研修機会の充実について、各都道府県教育委員会へ必要な財政上の措置を講ずるよう指示してください。
<説明>
 全国聴覚障害教職員協議会「2019年度現勢調査」によると、全国のろう学校等には約500名きこえない・きこえにくい教職員が在職しています。障害者権利条約21条では、障害者が自ら望む意思疎通支援手段の行使が謳われており、職員会議等で会議内容を視覚化する等の工夫をしている学校もありますが、同僚の教職員からのインフォーマルな形での情報保障支援を受ける例も多く、このような状況では双方に負担が生じます。
 加えて、きこえない教職員が管理職になったときの校外会議や、電話応対時の情報保障、ろう学校以外の特別支援学校や、地域の学校等へ異動した際の情報保障は皆無に等しい状況です。
 きこえない教職員がその能力を最大限に発揮するための職場環境の改善や、情報保障などを促進させるための財政措置を都道府県教育委員会へ指示するとともに、きこえない教職員が法定研修や免許更新講習を受ける際の情報保障についても、公的に整備し、きこえない教職員の研修の機会を充実させるよう各都道府県教育委員会へ働きかけてください。

7.貴省がその配置を拡充しようとしている「スクールカウンセラー」及び「スクールソーシャルワーカー」を、全てのろう学校に設置・派遣し、早期教育段階での相談支援も含めてその機能を十分発揮できるようにしてください。
<説明>
 2020年度、いくつのろう学校にスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーが配置されているか、現状を把握してほしいとお願いしましたが、把握できた状況や活用実例をご教示ください。また、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの配置がないろう学校に対して、早急に配置が行われるよう、具体的な働きかけを行ってください。
 昨今では学びの在り方に関しても、一元モデル(「○○だけ」構造)からの脱却が求められています。きこえない子どもの教育の場も、特別支援学校だけでなく、特別支援学級や通常の学級等、多様な形態があり、どのような場で学んでいても手話言語獲得の権利が保障される教育環境が必要です。そのためにもスクールカウンセラー及びスクールソーシャルワーカー等を含めた、多職種の介入と連携による、きこえない子どもの権利保障・言語保障に向けた取り組みが必要です。
 スクールカウンセラー及びスクールソーシャルワーカーをはじめとする、ろう教育の現場に関わる専門職に対して、「聴覚障害」に関する十分な研修はもとより、「聴覚障害」支援の専門家から柔軟にアドバイスを受けられる体制を整備してください。

8.コロナウイルス感染症拡大による、学校のオンライン対応(授業、PTA会議等)に関して、きこえない子どもや保護者が、十分に情報を受け取るための体制を整備してください。
<説明>
 今般の新型コロナウイルス感染症の拡大状況をふまえ、義務教育、高等教育ともに、オンラインでの対応が増加してきています。
 しかし、特に、地域の学校に在籍するきこえない子どもにとって、授業で手話通訳等の情報保障がない場合、情報が得られないという声が挙がっています。
 ろう学校においては、オンライン授業できこえない子どもへ情報を伝えるために、様々な工夫がされていますが、一方でPTAの会議がオンラインで行われる際に、きこえない保護者は手話言語が十分に使えず、満足に会議に参加できない例があります。
 こうした喫緊の課題に対し、貴省として、きこえない子どもや保護者に対する情報保障や合理的配慮に関して、具体的な検討を行ってください。

9.2020(令和2年)度スポーツ庁委託事業「障害者スポーツ推進プロジェクト(障害者のスポーツ参加促進に関する調査研究)」(スポーツに精通した手話通訳者の育成)内で作成した「国歌の手話言語試行版テキスト」について、ろう学校における式典(入学式・卒業式)での普及に取り組んでください。
<説明>
 我が国の国歌である「君が代」は、これまで統一された手話言語表現が定められておらず、それぞれが独自に表現を考えたり、指文字で表したりするなどして対応していました。きこえない者も国民の一人として、国歌に親しみ、斉唱する権利があります。当連盟では現状を鑑み、2020年度スポーツ庁委託事業「障害者スポーツ推進プロジェクト(障害者のスポーツ参加促進に関する調査研究)」内で「国歌の手話言語試行版」を作成しました。国家の手話言語化は、きこえない子どもに夢を与える大変重要な取り組みでもあり、貴省のご尽力が不可欠となります。是非、ろう学校の式典等で積極的にご活用ください。

10.昭和8年に、全国盲啞学校長会議に出席された鳩山一郎文部大臣の以下の発言について、貴省としての見解をお聞かせください。
<説明>
 1933(昭和8)年に、全国盲啞学校長会議に出席した鳩山一郎文部大臣は、「全国盲啞学校においては、聾児の日本人たる以上国語の理解は大切であり、国民思想涵養のためにも全国聾唖学校では口話教育に奮励努力せよ」との訓示を述べられ、手話言語が明確に否定されました。この時代から、聾学校において手話言語の使用が禁止され、社会の中で差別を受け、偏見を持たれるなど長い歴史を歩んでまいりました。
 2010(平成22)年7月、聴覚障害教育国際会議(カナダ・バンクーバー)において、手話言語を禁じた1880年のミラノ会議の決議が撤廃され、「ろう教育はすべての言語とコミュニケーション方法を受け入れる」などの声明が発表されました。ろう教育において手話言語を排除し、ろう教育を口話法に限定した過去の誤ちが公的に承認されました。
 現在、貴省としても、2018(平成30)年、特別支援学校学習指導要領の改訂による「手話を積極的に使う」「手話によるコミュニケーション能力を高める」といった方針が示され、手話言語導入について柔軟な姿勢が見られるようになりましたが、上記のバンクーバーにおける会議のように、ケジメをつける意味で、鳩山一郎文部大臣の発言に対する公的な見解を示してください。

<<各省庁共通事項>>
11.障害者差別解消法施行後の手話通訳派遣について、各自治体の担当部局や団体等で通訳者に要する経費の予算化を貴省からも働きかけをお願いします。

<説明>
 2016年4月より「障害者差別解消法」が施行され、手話通訳派遣についても改善がみられる地域も出てきています。また、昨年5月に成立した改正障害者差別解消法では民間企業にも合理的配慮の提供が義務となるなど、障害のある人にとっての社会参加がしやすくなります。
 聴覚障害者が手話通訳を利用する場合、聴覚障害者自身が居住する自治体の福祉事務所等の派遣窓口に依頼をし、手話通訳者を派遣する方法ですが、この際の手話通訳者にかかる費用は、障害者総合支援法の中の「意思疎通支援事業」としていわゆる福祉の経費で、これは厚労省管轄の予算となっています。障害者差別解消法は、こうした福祉的な側面からのアプローチのみならず、あらゆる公的機関で、その機関の責任において合理的配慮を提供することを求めています。
 行政を含む公的機関が、合理的配慮が提供できない状況にならないよう、利用者から手話通訳等の希望があった場合に対応するため、各公的機関で手話通訳等の情報保障の予算を障害福祉とは別建てで予算化するよう、貴省から関係の地方自治体部局へ周知を図るようお願いいたします。

12.「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律(障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法)」の成立を踏まえ、貴省が所管する分野において必要な計画の策定や予算措置が行われるようにしてください。
<説明>
 2022年5月19日に「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律」が成立し、国及び地方公共団体は、障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策を総合的に策定し、並びに実施することとされました。
 同法は、障害者が自立した日常生活及び社会生活を営むために必要な分野(医療、保健、介護、福祉、教育、労働、スポーツ、レクリエーション、司法手続その他)において、障害者がその必要とする情報を十分に取得及び利用し、円滑に意思疎通を図ることができるようにするため、意思疎通支援従事者の確保・養成および資質の向上を講ずるものと規定しています。
 貴省の所管する分野においいて、この法律の趣旨に沿った施策が推進されるよう、必要な計画の策定や予算措置が行われるように取り組みを進めてください。

以 上

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