フォトギャラリー20

インフォメーション > フォトギャラリー(目次) > フォトギャラリー

毎日新聞「発信箱」にて「ゆずり葉」が紹介されました。

(2009年7月7日付朝刊)


090707.jpg

「発信箱」 ゆずり葉 玉木 研二(論説室)

吾朗は将来のスターを夢見る若者。聴覚の障害を隠しオーディションを何度も受けるが、不合格が続く。
敬一は63歳。腕のいい大工。かつて、自らもそうであるろうあ者への差別法令改正運動の記録映画作りに打ち込むうち、身重の恋人を体調の急変で失い、自分を責めて心を閉ざす。恋人は健聴者。両親に結婚を反対されたが振り切り、敬一と下町の小さなアパートで暮らしていた・・・・。
今夏公開され全国巡回中の映画「ゆずり葉」(早瀬憲太郎脚本・監督)は、この2人の男の偶然の出会いときずなを軸に展開する。それぞれの恋、幸福の追求と挫折、疎外、愛憎と対立、和解が縦横に織り込まれ、終幕で意表をつく脚本、演出は見事だ。
早瀬監督をはじめ、キャストの多くも耳が聞こえない。映画は全日本ろうあ連盟が創立60周年の記念に製作した。というと、啓発的なタッチの作品と思われるかもしれないが、そうではない。
脚本や演技の細部に宿るリアリティーの重さ。中でも荒い息づかいで応酬する手話の言い争いの場面は、字幕についていけないほどのスピードと気迫で見る者を圧する。
この発信力は私が初めて知るものだった。激しい手や表情の動きは決して声の「代役」ではなく、それ自体が豊かな表現世界なのである。そう気づかせるところにこの作品の力と普遍性がある。
映画館を出た時、世の中が入館前より少し異なって見えるというのが名作の条件なら、これもそうに違いない。
少し考え、書店でNHKの手話のテキストを買った。
まず目に入り覚えたのは、のどから親指と人さし指を合わせながら下ろす表現。何?
<好き>という意味だ。

2009年(平成21年)7月7日火曜日 毎日新聞(朝刊)発信箱 掲載