厚生労働省に「きこえない・きこえにくい者の福祉施策」への要望書を提出
行政機関・自治体・民間企業での法定雇用率制度の徹底、差別解消法の合理的配慮提供義務に関する実態把握と改善、雇用と福祉の連携、労働政策審議会の委員へのろう者を加える事、合理的配慮によって配置された情報保障者の質の担保などを要望しました。
法定雇用率未達成企業への指導、公務部門に対しては働きかけを行う事、情報保障者の質の向上については、厚労省から各自治体へ助言を行う事を確認しました。
連本第240285号
2024年7月16日
厚生労働大臣
武見 敬三 様
東京都新宿区原町3-61 桂ビル2階
電話03-6302-1430・Fax 03-6302-1449
一般財団法人全日本ろうあ連盟
理 事 長 石橋 大吾
きこえない・きこえにくい者の福祉施策への要望について
時下、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
日頃より、私どもきこえない・きこえにくい者の社会参加促進にご理解ご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
さて当連盟は、本年6月9日和歌山県において開催された第72回全国ろうあ者大会にて、きこえない・きこえにくい者の様々な施策等に関する大会決議を行ないました。
「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」の成立や、「改正障害者差別解消法」で合理的配慮の提供が義務となり、情報の取得やアクセスが容易になっていくことが期待されているところです。しかしながら、その対応については地域差がある等、まだまだ改善すべき課題は残っております。
つきましては、下記の通り要望いたしますので、すべての国民が安心、安全に生活ができるよう、早期実現をお願い申し上げます。
記
<<労働>>
1.国の行政機関、地方自治体、民間企業すべての法定雇用率制度の徹底を図り、きこえない・きこえにくい者の積極的な採用を行ってください。
(1)国の行政機関、地方自治体、民間企業すべてが法定雇用率を達成するよう、また未達成の団体に対しては法定雇用率を遵守するよう、雇用率のアップを図ってください。
また採用後の職場定着支援についても国の行政機関、地方自治体、民間企業の隔てなく採用された障害者が長く働けるよう支援体制を構築してください。
<説明>
2023(令和5年)年12月発表の障害者の実雇用率は過去最高を更新し、民間企業における実雇用率は2.33(前年比0.08ポイント上昇)、法定雇用率達成の企業割合は50.1%、と半分以下の状況が続いています。
すべての民間企業が法定雇用率を遵守するよう、対策を講じてください。また、官公庁や地方自治体でも、障害者雇用率の未達成とならないよう、雇用率アップを図ってください。
きこえない・きこえにくい者の職場での情報アクセスの保障やコミュニケーション・意思疎通の保障や職場環境作りについては、国が率先して範を示していただき、貴省をはじめとする各省庁、地方自治体、民間企業において、きこえない・きこえにくい者への理解を促進するとともに、民間企業に派遣されているジョブコーチのような支援体制も公務部門に構築し長く働ける職場環境を作ってください。
国の行政機関における障害者別(身体障害種別も明記)の採用状況とそれら定着率もご教示ください。
(2)ろう重複障害者(盲ろう者含む)の就業について全国的な実態調査を実施し、その結果に基づき、一日も早くろう重複障害者の働く場の保障に関する施策を講じるようお願いします。
<説明>
厚生労働省の施策として、「福祉的就労」から「一般就労」へ促すようになっていると思います。しかし、ろう重複障害者の就労状況は依然として厳しい現況です。ろう重複障害者の就労をスムーズに進めるために、まず、全国的なろう重複障害者の就労状況に関する実態調査を実施し、その結果を踏まえて、適切な就労支援施策を講じるよう求めます。
(3)令和2年に実施された「地方公共団体における障害者差別禁止及び合理的配慮の提供義務に関する実態調査」の結果を踏まえ、その後の実態把握および改善について、地方公共団体への支援体制の構築をお願いします。
<説明>
令和元年の障害者雇用促進法改正の付帯決議にある、地方公共団体における障害者差別禁止・合理的配慮の提供の実態把握と公表に基づき、令和2年に実態調査が行われました。この調査結果では、職場における合理的配慮の提供に問題があると感じているとの回答があり、コミュニケーションの工夫や障害理解、それによる改善が求められるところです。
2.貴省の所管である、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の障害者介助等助成金による「手話通訳担当者の委嘱助成金の制度」の一層の拡充および事業所や職業安定所に利用の周知徹底を図ってください。
毎年要望交渉時、「手話通訳担当者の委嘱助成金の制度」を周知していると言っていただいているのですが、利用状況が0のところが多い事が気になっています。会議で発言させていただいていますが、申請手続きが面倒なのか等理由をお聞かせください。
(1)1回の助成額を1人3/4(1万円)へと改正しましたが、手話通訳料1回の3/4にしてください。
(2)年間の助成額の上限48万円へと改正しましたが、必要に応じて手話通訳を利用できるようにしてください。
(3)申請提出期間は、雇用後10年を過ぎても条件を満たせば支給できることについて、周知をしていただくとともに、年数を区切ることなく、きこえない・きこえにくい者が就労している限りにおいていつでも利用できるようにしてください。
3.個人事業主もしくは被用者である障害者が就労上の業務遂行において必要となるサポートを提供するための経済的あるいは人的な支援制度(障害者業務遂行支援制度)を新設してください。
<説明>
現行の制度では障害者が就労上必要なサポートを確実に利用できるシステムがありません。障害者総合支援法に基づく自治体による福祉サービスとしての各種事業は提供主体である自治体の判断により利用範囲が制限される結果として障害者のニーズにそぐわない結果となることが多いこと、また、障害者雇用納付金制度は利用主体が企業であり、障害者はその客体であって利用するかどうかは結局企業の判断次第となること等の課題があり、必ずしも障害者の就労促進に繋がっていないという実態があります。事業所における合理的配慮を促進するという観点から、障害者の意思で業務遂行上のニーズに応じて必要な支援を提供する、就労に特化した制度の創設をしてください。
4.ろう者等ワークライフ支援事業を国の制度として新設してください。
<説明>
現在、大阪府の独自事業として実施されている「聴覚障害者等ワークライフ支援事業」は、就職前後のろう者等(重複聴覚障害者を含む)に対して、個々のニーズに応じた雇用・労働相談・支援を行い、ろう者等の職場定着に成果を上げています。他の障害者と比較として、ろう者等への支援体制が少なく、就労面での相談支援機能の充実は不可欠です。大阪府で実施しているワークライフ事業の実態を視察したうえで、国の制度として実施してください。また地方の好事例を積極的に周知するようにしてください。
5.きこえない・きこえにくい者の職場定着を確実なものとしていくために、コミュニケーションや意思疎通に不安を感じることなく、職場定着指導や職業相談などが受けられるよう、ジョブコーチの条件に「手話言語ができる」ことを明記し、ジョブコーチ養成のカリキュラムに「手話言語」を取り入れてください。
<説明>
現在、手話言語ができるジョブコーチが非常に少なく、きこえない・きこえにくい者に対する支援が十分にできていません、手話通訳を介すのではなく手話言語のできるジョブコーチの育成が必要です。今般開催された「職場適応援助者の育成・確保に関する作業部会」等において、手話言語ができるジョブコーチの養成について議論し、資格化に向けた検討をお願いします。
6.きこえない・きこえにくい者が安心して利用するために、全国に約300ヶ所設置されている障害者就業・生活支援センターに手話通訳者を配置してください。
<説明>
きこえない・きこえにくい者にとって、公的な就労相談の場である障害者就業・生活支援センターでは、筆談対応を中心とした支援が多く、手話言語を第一言語とする者にとっては利用しにくく、相談支援機能が十分に果たされているとは言えません。貴省から、障害者就業・生活支援センターに対し、手話言語通訳者の配置についてどのような形で通知をしているかお聞かせください。委託費から手話言語通訳の雇用は可能であることを周知いただくとともに、きこえない・きこえにくい者の特性を理解した手話言語通訳者の配置を働きかけてください。
7.貴省の労働政策審議会 (障害者雇用分科会)の委員にろう者を加えてください。
<説明>
労働政策審議会障害者雇用分科会には身体障害のうち視覚障害、肢体不自由の委員はいらっしゃいますが、きこえない委員がおらず、その意見や状況が障害者の労働施策に反映されにくい状況です。貴省の社会保障審議会 (障害者部会)ではきこえない委員がいますので、同様の対応をお願いいたします。
8.地域生活定着支援センターに手話通訳、要約筆記者を配置してください。
<説明>
過去に行われた調査でも地域生活定着支援センターでは、きこえない・きこえにくい人の障害特性を認識できていない、関係機関との連携が取れていないとの課題が明らかになっています。
きこえない・きこえにくい人に対しても、適切な支援が行われるよう、地域生活定着支援センターの支援が受けられることの説明や特別調整において、手話通訳の派遣を含めた情報保障が不可欠です。
地域生活定着促進事業には予算化されていないこともあり、同センターが入所中から出所後にかけて十分な支援を展開することが厳しい現状があります。
きこえない・きこえにくい人が更生・出所をする過程に手話通訳は欠かせません。
筆談等の方法で話を進めるのではなく、本人が希望する方法で話ができるような仕組み及び予算の確保が必要です。
9.資格取得のための研修等に、きこえない人をはじめとした障害のある人が対等に学びの保障を得るための施策を構築してください。
<説明>
研修時の情報保障に係る必要経費は主催者が原則負担といった考えがあります。それは、研修等の主催者の情報保障に対する理解や予算に準じることとなり、過重な負担であると受け止められた場合には、きこえる人との学びの機会に格差が生まれることとなります。そのため、民間による各研修会にきこえない人が参加した場合、情報保障ができていない事例が見受けられます。新しい法案が成立時には、人材の育成、資格等の内容が盛り込まれています。
きこえる人と同等に学びが保証されるよう必要な予算措置または、助成制度を講じてください。
<<教育の場面から>>
10.特別支援学校に通うきこえない・きこえにくい子どもたちの保護者の同行について、保護者の過重な負担により通学を断念する事態にならないよう、支援策を講じてください。
<説明>
特別支援学校によっては、保護者同伴での登校をすることになっているところがあります。送迎バスもなく、学校の数も少ないため通学に時間がかかる場合があります。
保護者同伴を義務付けている場合、共働きや片親だと負担が大きく、親も子も何らかの犠牲を強いられるケースがでてきます。
自治体によっては、障害児通学支援事業等によりヘルパー派遣を一部認めている地域もありますが、同一市内のみであったり、期間限定であったりなど、保護者にとって利用しにくい側面があります。これによって、特別支援学校への通学を断念して地域の学校に通わせる保護者もいます。
全国各地のきこえない・きこえにくい子どもたちが、家庭の事情によって特別支援学校への通学を断念することがないように、保護者に対する支援策を講じてください。
11.厚生労働省の障害者総合福祉推進事業において、PwCコンサルティング合同会社が作成した冊子「お子さんのきこえのハンドブック~きこえない・きこえにくいお子さんのために~」をきこえない・きこえにくい子どもに関わる人たちへの広い周知・配布を要望します。
<説明>
「お子さんのきこえのハンドブック~きこえない・きこえにくいお子さんのために~」は、厚生労働省の令和4年度障害者総合福祉推進事業において、PwCコンサルティング合同会社が委託を受けた「難聴児の家族等や支援に携わる関係者が必要とする基本的な情報に関する調査研究」事業検討委員会でまとめられた冊子です。保護者の声、手話言語や人工内耳装用などの情報が偏らず公平に掲載されているため、わかりやすく充実した内容になっているものと理解しています。この冊子は、自治体に配布されると聞いておりますが、貴省からも医療機関やきこえない・きこえにくい子どもの保護者たち、きこえない・きこえにくい当事者団体などに配布できるよう、広く周知していただくことを要望します。
12.きこえない・きこえにくい人も利用しやすいように、「障害者芸術文化活動支援センター」での情報アクセスおよびコミュニケーションの保障を図ってください。
<説明>
障害者による芸術文化活動を支援するために、全国に「障害者芸術文化活動支援センター」または「広域センター」が設置されています。きこえない・きこえにくい人が利用しやすいように、センターの動画に手話言語や字幕を付与したり、相談支援の際に手話言語通訳が付くなど、きこえない・きこえにくい人の情報アクセスとコミュニケーションの保障を図るよう働きかけてください。
13.字幕が付与された焼き付け版作品の上映回数を増やすよう、全国興行同業組合連合会に働きかけてください。
<説明>
字幕焼き付け版作品は、字幕のない作品と比較して上映回数や頻度が大変少なく、きこえない・きこえにくい人は好きなときに自由に映画を観に行くことができないという課題があります。また、幅広い年代層のきこえない・きこえにくい人が鑑賞することを考えると、字幕メガネは重い、焦点を調整する等の操作がしづらいといった理由により、焼き付け版への根強いニーズがあります。
字幕付き上映を行う頻度や時間帯の設定については、上映館の判断によるところも大きいことは承知していますが、このような社会的障壁があることによって、最初から「観に行かない」選択をする人が一定数いることは、興行収入の落ち込みにも少なからず影響があることと推察します。文化芸術基本法および障害者の文化芸術活動推進に関する法律にもうたわれているように、きこえない・きこえにくい人の文化芸術鑑賞機会の拡大のため、貴省からも全国の上映館等に働きかけてください。
<<各省庁共通項目>>
14.「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律(障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法)」及び「改正障害者差別解消法」施行後の手話通訳派遣について、各自治体の担当部局や団体等で通訳者に要する経費の予算措置を明文化するよう、貴省からも周知ください。
<説明>
上記2法により、国及び地方公共団体は、障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策を総合的に策定、並びに実施することのみならず、民間企業も合理的配慮の提供が義務となるなど、障害のある人の社会参加がしやすくなります。
これらの法律では、当事者が手話通訳を手配する福祉的な側面からのアプローチではなく、あらゆる公的機関で、その機関の責任においてアクセシビリティに関する環境整備や合理的配慮を提供することを求めています。
にもかかわらず、国や自治体の出先機関を含めた行政機関において、手話通訳等を含めた情報アクセシビリティに関する予算措置がされていないことを理由に、「過重な負担」として手話通訳等の情報保障の配慮を拒否・または手話通訳等を用意できないとして、障害当事者に情報保障を自ら手配させることを要請する例は後を絶ちません。
きこえない・きこえにくい国民が行政を含む公的機関を利用するにあたり、障害を理由とした差別的な取り扱いのない環境整備は当然のこと、合理的配慮の提供は、民間のモデルとなるべきであると考えます。
利用者から手話通訳等の希望に対応できるよう各公的機関で手話通訳等の情報保障の予算は、障害福祉とは別建てで予算化するよう、貴省から関係の出先機関を含め、地方自治体部局へ周知徹底ください。
15.改正障害者差別解消法に基づく対応要領・対応指針に以下を加えるよう、検討してください。
(1)事業者や省庁出先機関等から出される情報に、きこえない・きこえにくい人が容易にアクセスできるよう、情報アクセシビリティ保障を進めてください。
<説明>
現在、消費者や利用者が問い合わせをする「相談窓口」「販売申し込み先」、省庁出先機関等の受付窓口は、電話番号のみの対応が多く存在しています。2021年7月からは公共インフラとして電話リレーサービスが利用できるようになりましたが、きこえない・きこえにくい人がアクセスしやすい方法(メール・FAX等)でのアクセシビリティ保障について、見直しが進められている対応要領・対応指針に記載したうえで、その通りに運用してください。
(2)公共施設・商業施設等における音声情報の文字化について、具体的に記述してください。
<説明>
平時から公共施設・商業施設等における音声情報を文字情報にて掲示することで、緊急時にも有用な情報源となります。公共施設や商業施設等における音声によるアナウンス情報について、「文字または手話言語表示」をすることを、見直しが進められている対応指針に記載したうえで、その通りに運用してください。
例)①観光地や名所等の音声による車内ガイダンスなど(各鉄道会社)
②空港での搭乗アナウンス、優先搭乗アナウンスなど
③機内での音楽や映画などエンターテイメントなどへの手話・字幕挿入
④機内での緊急アナウンス(「アナウンス中」しか表示されない)
⑤列車の緊急停止を示す電光掲示板や、緊急を示すランプなどがあると分かりやすい
16.きこえない・きこえにくい人への環境整備や合理的配慮として、手話通訳者等の配置が行われる例が増えていますが、配置する情報保障者の質についても担保できるようにしてください。
<説明>
きこえない・きこえにくい人へのアクセシビリティ保障として手話通訳等の配置がありますが、手話通訳者等の社会的資源は限られているため、環境整備や合理的配慮を要求するきこえない・きこえにくい人のニーズに応えられるだけの十分な人数が確保されにくい状況があります。
社会的な流れにより、行政機関による手話通訳派遣依頼の際、競争入札により手話通訳派遣事業者を選定する例が増えていますが、選定条件の中に、派遣する手話通訳者の質について明記されていることはほとんどなく、機械的に応札額が最も低額であった事業者が選定されているのが現状です。
金額のみで派遣事業者が決定され、派遣された手話通訳者の技術が担保されないことで、環境整備や合理的配慮の提供が不十分だった例が生じています。
情報アクセシビリティは、単に提供されるだけでは不十分であり、提供される配慮が障害者の希望に沿ったものであり、かつ目的を十分達成できるようなものであるべきです。
配置する手話通訳を含めた情報保障者の質の保障ついて、十分な配慮を行ってください。
以 上