文部科学省にろう教育等に関する要望書を提出

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 申し入れに対して、子どもの障害の状態等に応じて、子どもが主体的に自分の意志を表出できるような機会を設けることが大切であると認識していることや、きこえない教職員が望む情報保障などの環境整備について、差別解消法に基づいた指針に沿って対応していくことの他、保護者の同行が過重な負担にならないような支援策について、学校の設置者に委ねられており、支援実施に必要な財政支援の充実を図る等の回答がありました。

要望書を提出
申し入れの様子

連本第230193号
2023年7月7日

文部科学大臣
 永岡 桂子 様

東京都新宿区山吹町130 SKビル8階
電話03-3268-8847・Fax 03-3267-3445
一般財団法人全日本ろうあ連盟
理 事 長  石野 富志三郎

ろう教育等に関する要望について

 時下、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
 日頃より私どもろう者等の社会参加促進にご理解ご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
 我が国は2016年4月より障害者差別解消法が施行され、障害者を取り巻く環境は一歩前進しましたが、教育現場では未だ課題が山積している状態です。
 今般、「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」が制定されました。この法律には、「手話言語法の立法を含め、手話に関する施策の一層の充実の検討を進めること」など5項目の付帯決議が付きました。
 当連盟は「手話言語法」の制定に向けて、きこえない・きこえにくい子どもたちが、教科としての「手話言語を学び」、教科を「手話言語で学ぶ」環境整備を強く求めます。
 今後、きこえない子どもたちや保護者、教職員、ひいては国民全体のために、より一層の課題改善に取り組んでいただきたく、下記の通り要望いたします。

1.地域の通常学級や特別支援学級等に通うきこえない・きこえにくい子どもが、人工内耳や補聴器を装用しても、手話言語を獲得してセルフアドボカシーを身に付けることができるような教育環境を整備してください。

<説明>
 当連盟教育・文化委員会は、地域の学校を卒業した青年を対象に調査を行い、地域の学校及び特別支援学級に通っているきこえない子どもたちの課題を分析しました。
 この結果から、地域の学校はきこえることが前提になっているため、きこえない・きこえにくい子どもにとって自分が聞き取れなかった情報の存在に気づきにくいという問題があることやセルフアドボカシーが育みにくい環境におかれていることがわかりました。耳鼻咽喉科医師からもセルフアドボカシーの重要性と環境整備の課題について指摘されています。きこえない子どもたちが人工内耳や補聴器を装着しても、手話言語を獲得してセルフアドボカシーを身に付けることができるように、いつでも手話言語に触れる教育環境を整備してください。

2.きこえない子どもたちの教育的ニーズに対応できるように「特別支援学校教諭の教職課程コアカリキュラム」に手話言語に関するプログラムを導入してください。

<説明>
 特別支援学校教諭の手話言語の習得や手話言語に関するプログラムは、都道府県教育委員会や特別支援学校の裁量によるところが大きく、きこえない子どもたちが求める教育的ニーズに対応できない課題があります。
 「特別支援学校教諭の教職課程コアカリキュラム」に手話言語に関するプログラムを導入し、特別支援学校教諭免許状(聴覚障害)を持つ教員の増員・養成強化に早急に取り組んでください。

3.国語と同様に「手話言語」を体系的に学ぶことで、総合的な言語力と生きる力を身につけられるよう、学習指導要領に、教科として「手話言語」を早急に導入してください。

<説明>
 「障害者権利条約」24条3(b)では「手話言語の習得」を容易にすることが謳われていますが、ろう学校には教科として学ぶ「手話言語」の授業がありません。
 現行の学習指導要領では、子どもたちが手話で活発に話し合うことでコミュニケーション能力を伸ばすことを目的とした「手話での話し合い」が明記されています。
 しかし、コミュニケーション手段としてだけでなく、きこえない子どもたちのもっとも自然な言語である「手話言語」が育まれてきた歴史や文化を体系的に学び、手話言語によるコミュニケーションを身につけることによって、きこえない子どもたちは自らのアイデンティティを確立し、主体的に生きるための総合的な言語活動の充実に結びつけることができます。
 また、手話言語で国語(日本語)を学ぶことによって、手話言語と日本語の二つの言語を繋げ、思考力や判断力、表現力が発達し、「生きる力」を身に付けることが期待できます。
 このために、指導者・指導内容・教科書等の体制は、貴省や専門家、当事者団体である当連盟が一体となって作成していくことが望ましいと考えます。
 コミュニケーション能力を伸ばし、「生きる力」を育むためにも、早急に「手話言語」の教科を導入してください。

4.「難聴児の早期支援充実のための連携体制構築事業」について、こども家庭庁の「聴覚障害児中核機能モデル事業」と十分な連携をとり、難聴児支援ネットワークには当事者団体を参画させるよう、都道府県に働きかけてください。

<説明>
 貴省では2020(令和2)年より、「保健、医療、福祉と連携した聴覚障害のある乳幼児に対する教育相談充実事業(現、難聴児の早期支援充実のための連携体制構築事業)」を厚生労省(現、こども家庭庁)の「聴覚障害児中核機能モデル事業」と共同で実施されてきました。この事業実施形態は、難聴児支援の既存の枠組みを活かしていく地域が多く、きこえない当事者が、連携協議会に参画できていないところもあります。
 これまでの要望では、厚労省の管轄、文科省の所轄外のため詳細は把握していないとの回答をいただきました。しかし、この事業は厚労省と進めた「難聴児の早期支援に向けた保健・医療・福祉・教育の連携プロジェクト」に結果によるものと認識しております。厚労省との一層の連携と情報の共有を図り、この事業において構築される難聴児支援ネットワークには、必ずろう当事者団体を構成として参画させるよう、厚労省及びこども家庭庁と連携して都道府県及び政令指定都市に働きかけてください。

5.きこえない教職員の職務能力を最大限に発揮するために、情報保障の配置及びそれらに係る予算措置などの意環境整備を行い、きこえない教職員が望むレベルの合理的配慮がなされるよう、各都道府県教育委員会へ必要な財政上の措置を講ずるよう指示してください。

<説明>
 障害者権利条約21条では、障害者が自ら望む意思疎通支援手段の行使が謳われており、また、障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針に記載されているように、情報保障の配置及びこれらに係る予算措置などの環境整備を行うことが求められています。
 しかし実際は、同僚の教職員からのインフォーマルな形での情報保障支援を受ける例が多く、このような状況では双方に負担が生じます。また、きこえない教職員が管理職になったときの情報保障、ろう学校以外の特別支援学校や、地域の学校等へ異動した際の情報保障は皆無に等しい状況です。
 情報保障の配置及びそれらに係る予算措置などの意環境整備を行い、きこえない教職員が望むレベルの合理的配慮がなされるよう、各都道府県教育委員会へ必要な財政上の措置を講ずるよう指示してください。

6.特別支援学校に通うきこえない・きこえにくい子どもたちの保護者の同行について、保護者の過重な負担により通学を断念する事態にならないよう、支援策を講じてください。

<説明>
 特別支援学校によっては、保護者同伴による登校をすることになっているところがあります。送迎バスもなく、学校の数も少ないため通学に時間がかかる場合あります。
 保護者同伴を義務付ける場合、共働きや片親だと負担が大きく、親子共々何らかの犠牲を強いられるケースがでてきます。
 自治体によっては障害児通学支援事業などによって、ヘルパー派遣を一部認めている地域もあるが、同一市内のみであったり期間限定にされたりするなど保護者にとって利用しにくい側面があります。これによって、特別支援学校への通学を断念し地域の学校に通わせる保護者もいます。
 全国各地のきこえない・きこえにくい子どもたちが、家庭の事情によって特別支援学校への通学を断念することがないように、保護者に対する支援策を講じてください。

7.将来の医療現場を担う学生が「手話言語」を学べるように、医療・看護系の高等教育機関のカリキュラムに「手話言語」に関するプログラムを導入するよう働きかけてください

<説明>
 最近は、医療系大学等において「手話言語」の講義・実技を導入する大学等が増えてきています。当事者からの講義等を通してきこえない・きこえにくい者に関する知識を深め、その理解に繋げていくことが極めて大切です。また、医療従事者が学生時代に手話言語を学ぶことは、医療現場でのコミュニケーションの保障が可能になるだけではなく、きこえない・きこえにくい子どもを持つ親に対して医療従事者の立場で手話言語の情報を提供することにもつながります。
 将来の医療現場を担う学生が「手話言語」を学べるよう医療系大学に働きかけてください。貴省としても、手話言語を医療系大学でも学べるように働きかけてください。その際の「手話言語」の講師については、各地域のきこえない人の当事者団体や聴覚障害者情報提供施設等と協議してください。

<各省庁共通事項>

8.「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律(障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法)」及び「改正障害者差別解消法」施行後の手話通訳派遣について、各自治体の担当部局や団体等で通訳者に要する経費の予算措置を明文化するよう、貴省からも周知ください。

<説明>
 上記2法により、国及び地方公共団体は、障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策を総合的に策定、並びに実施することのみならず、民間企業も合理的配慮の提供が義務となるなど、障害のある人の社会参加がしやすくなります。
 これらの法律では、当事者が手話通訳を手配する福祉的な側面からのアプローチではなく、あらゆる公的機関で、その機関の責任においてアクセシビリティに関する環境整備や合理的配慮を提供することを求めています。
 しかしながら、国や自治体の出先機関を含めた行政機関において、手話通訳等を含めた情報アクセシビリティに関する予算措置がされていないことを理由に、「過重な負担」として手話通訳等の情報保障の配慮を拒否・または手話通訳等を用意できないとして、障害当事者に情報保障を自ら手配させることを要請する例は後を絶ちません。
 行政を含む公的機関において、きこえない・きこえにくい人への環境整備や情報アクセシビリティなどの合理的配慮が提供できない状況があってはなりません。それは明らかに障害を理由とする差別的取り扱いです。
 利用者から手話通訳等の希望の有無にかかわらず、情報アクセシビリティ整備に対応するため、各公的機関で手話通訳等の情報保障の予算は、障害福祉とは別建てで予算化するよう、貴省から関係の出先機関を含め、地方自治体部局へ周知徹底ください。

9.改正障害者差別解消法に基づく対応要領・対応指針等に以下を検討してください。

(1)事業者や省庁出先機関等から出される情報に、ろう者が容易にアクセスできるよう、情報アクセシビリティ保障を進めてください。

<説明>
 現在、消費者や利用者が問い合わせをする「相談窓口」「販売申し込み先」、省庁出先機関等の受付窓口は、電話番号のみの対応が多く存在しています。2021年7月からは公共インフラとして電話リレーサービスが利用できるようになりましたが、きこえない・きこえにくい人がアクセスしやすい方法(メール・FAX等)でのアクセシビリティ保障について、見直しが進められている対応要領・対応指針に記載したうえで、その通りに運用してください。

(2)公共施設・商業施設等における音声情報の文字化について、具体的に記述してください。

<説明>
 平時から公共施設・商業施設等における音声情報を文字情報にて掲示することで、緊急時にも有用な情報源となります。公共施設や商業施設等における音声によるアナウンス情報について、「文字または手話言語表示」をすることを、見直しが進められている対応指針に記載したうえで、その通りに運用してください。

10.きこえない・きこえにくい人への環境整備や合理的配慮として、手話通訳者等の配置が行われる例が増えていますが、配置する情報保障者の質についても担保できるようにしてください。

<説明>
 きこえない・きこえにくい人へのアクセシビリティ保障として手話通訳等の配置がありますが、手話通訳者等の社会資源は限られているため、環境整備や合理的配慮を要求するきこえない・きこえにくい人のニーズに応えられるだけの十分な人数が確保されにくい状況があります。
 社会的な流れにより、行政機関による手話通訳派遣依頼の際、競争入札により手話通訳派遣事業者を選定する例が増えていますが、選定条件の中に、派遣する手話通訳者の質について明記されていることはほとんどなく、機械的に応札額が最も低額であった事業者が選定されているのが現状です。
 金額のみで派遣事業者が決定され、派遣された手話通訳者の技術が担保されないことで、環境整備や合理的配慮の提供が不十分だった例が生じています。
 情報アクセシビリティは、単に提供されるだけでは不十分であり、提供される配慮が障害者の希望に沿ったものであり、かつ目的を十分達成できるようなものであるべきです。
 配置する手話通訳を含めた情報保障者の質の保障について、十分な配慮を行ってください。

以 上

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