文部科学省にろう教育等に関する要望書を提出

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 文部科学省に対し、ろう教育を中心に8つの要望を行いました。学習指導要領の改訂や教員の手話習得補助事業などこの数年ですこしづつ文部科学省としての動きは見られますが、要望に対する回答としては現状の報告にとどまり、新たな施策の説明はありませんでした。
 連盟からは、手話のできない教員から教育を受けているろう児の苦労やろう学校で手話ができるろう児とできないろう児がいることでコミュニケーションが取れない現状を、早急に改善するよう強く求めました。

要望書を提出
意見交換

連本第180230号
2018年7月17日

文部科学大臣
林 芳正 様

〒162-0801東京都新宿区山吹町130SKビル8階
 Tel03-3268-8847・Fax03-3267-3445
一般財団法人全日本ろうあ連盟
理事長 石野 富志三郎

ろう教育等に関する要望について

 時下、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
 日頃より私どもきこえない人の福祉向上にご理解ご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
 さて当連盟は、2018年6月10日大阪府大阪市において開催された第66回全国ろうあ者大会にて、ろう教育に関する大会決議を行ないました。
 ついては、きこえない・きこえにくい(以下、「きこえない」)子どもたち及びきこえない学生が手話による教育を受ける権利の保障に関して、下記の通り要望いたします。
 なお、我が国は2014年にようやく「障害者権利条約」を批准し、2016年4月より障害者差別解消法が施行され、障害者を取り巻く環境は一歩前進しましたが、現状の教育現場では課題の改善に取り組む姿勢がまだまだ見られません。
 当連盟は「手話言語法」の制定を視野に入れ、子どもたちが教科としての「手話を学び」学問を「手話で学ぶ」環境整備を強く求めます。
 今後、きこえない子どもたちやきこえない教職員ひいては国民全体のために、より一層の課題改善に取り組んでいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

1.きこえない子どもたちのアイデンティティ確立のため、きこえない子どもの言語権の保障、きこえない子どもの家族が手話言語を学ぶための支援に関する具体的な取り組みを行ってください。

<説明>
 きこえない子どもが生きていくうえで、アイデンティティを確立することはとても大切なことです。このアイデンティティ確立のために、手話言語を獲得することは不可欠です。
 「障害者権利条約」24条(教育)は、きこえない子どもに対する教育において、手話言語の奨励と促進に肯定的かつ積極的に取り組むことが重要であると謳っています。きこえない子どもたちにとっては、幼児期からの手話言語の早期獲得が言語発達に不可欠です。手話言語の獲得によって、きこえない子どもはきこえる子どもと同等の言語発達が見込まれるのです。
 そのためには、手話言語によるコミュニケーションにおいて家族が積極的に参加することも重要と考えます。日本で1994年に発効した「子どもの権利条約」は、国は、家族内でのきこえない子どもとのコミュニケーションのために、育児の責任を果たす親に対し、手話言語を学ぶ機会の提供を含む援助を十分に行わなければならない、と解釈(「一般的意見9」41)されています。一人ひとりのきこえない子どものアイデンティティ確立のために手話言語の早期獲得ができるよう、親への支援を含めた具体的な取り組みを図ってください。

2.きこえない子どもたちが求めるあらゆる教育ニーズに対応できるよう、きこえない子どもたちが在籍する学校に専門性の高い教職員を配置してください。

<説明>
①「障害者権利条約」24条(教育)では、一人ひとりのきこえない子どもたちにとって最も適当な言語並びに意思疎通の形態及び手段の確保、及び手話言語の習得等が謳われています。
 きこえない子どもたちは、ろう学校(特別支援学校も含む。以下同様)においても地域の学校においても、きこえる子どもたちと平等に教育を受ける権利があります。きこえない子どもたちの教育における環境整備を推進し、きこえない子どもたちのもっとも自然な言語である「手話」で教科を教えることができる専門性の高い教職員の配置を促進する(例:教職員の採用時、教員養成課程で手話の学習をした者を積極的にろう学校へ配置する)など、ろう教育の専門性を高めるための施策を積極的に行ってください。
②ろう教育の専門性、特に手話言語を取得した教職員は重要な存在であると考えています。
 一人ひとりのきこえない子どもたちが自身の成長や将来像を描くためにも、ロールモデルの役割を担うきこえない教職員は極めて重要な存在です。各地域でろう学校におけるきこえない教職員の採用を積極的に推進できるよう、具体的な取り組みを行って下さい。
 きこえる教職員が手話言語で教えるためには、手話言語の習得が必須となります。教職員の手話言語技術が未熟なため授業に支障が出ていると生徒たちからの切実な声もあります。学校教育において教職員と生徒のコミュニケーションが成立しないということはあってはならないことです。
 きこえない子どものニーズに応じた教職員や難聴学級の指導員の増員とともに、そのきこえる教職員等の手話言語技術の向上などを図る研修については、特別支援学校だけでなく、きこえない子どもが通う地域の学校の教職員も含めた、手話言語習得のための研修制度の拡充を積極的に図ってください。(例:ろう学校へ赴任する教職員への事前の集中手話研修、地域の手話講習会等に参加する際の職免または出張扱いなどの配慮、全国手話検定試験の受験料の補助、ろう学校で開催する教職員・保護者に対する手話講習の外部講師派遣補助など)

3.きこえない教職員が職務遂行するうえで、その能力を最大限に発揮するための職場環境の改善、研修機会の充実について、具体的な取り組みを行ってください。

<説明>
 「障害者権利条約」21条では、障害者が自ら望む意思疎通支援手段の行使を謳っています。きこえない教職員がその能力を最大限に発揮するための職場環境の改善や情報保障などを促進させる取り組みを行ってください。
 職員会議等では会議内容を視覚化する等の工夫をしている学校もありますが、同僚の教職員からの情報保障支援を受ける例も多く、これについては双方の負担もあります。また、きこえない教職員が管理職になったときの校外の会議や電話応対時の情報保障が整備されていません。ろう学校以外の特別支援学校等へ異動した際の情報保障は皆無に等しいです。公的な情報保障体制を整備してください。
 法定研修や免許更新講習に情報保障がなされるケースが増えつつありますが、まだ不十分な地域もあり地域格差があります。講義内容に手話通訳がそぐわないと講師から断られ受講できなかったケースもあります。また、民間の教科等に関する研究会や学習会参加においては、ほとんど情報保障がつかないため、きこえない教職員の研修機会が結果として限定されてしまいます。関係各所に対し、貴省の教員研修センターの取り組みを徹底周知するとともに、各地域行政主催の研修、研究会の情報保障体制の整備を強く促し、および民間団体による研修実施団体や研究会への情報保障に関する補助の充実を図ってください。

4.貴省がその配置を拡充しようとしている「スクールカウンセラー」及び「スクールソーシャルワーカー」を、全てのろう学校に設置・派遣し、早期教育段階での相談支援も含めてその機能を十分発揮できるようにしてください。

<説明>
 児童生徒や保護者の抱える悩みを受け止めるため、貴省ではスクールカウンセラー及びスクールソーシャルワーカーの配置拡充を推進していますが、現状では、地域や学校ごとに大きな格差があります。地域の学校へ通うきこえない子どものこともふまえた、聴覚障害関連機関等との連携ができる支援体制も含め、全公立小中学校への通常配置と同等に全国のろう学校へのスクールカウンセラー及びスクールソーシャルワーカーの配置が行われるよう、格差の是正を具体的に図ってください。
 ろう学校では、きこえない子どもが支援対象となりますので、コミュニケーション手段について手話言語等の視覚的手段が主となります。また、心理面で、きこえない子どもがかかえがちな悩み(コミュニケーションに関する悩み、情報が十分に得られる環境でないために生じる不安、ロールモデルが見えないための将来への不安等)に対し、きこえない子どもの特性やろう教育、手話言語に関する知識や聴覚障害関連機関等の社会資源に関する情報を十分に把握しているスクールカウンセラー及びスクールソーシャルワーカーの存在が必要です。
 東日本大震災の反省を踏まえ、熊本地震の際には、熊本聾学校へ早急にスクールカウンセラーが派遣され、被災したきこえない子どもたちだけでなく被災した教職員も、早期に心の安定が図られました。
 また、きこえない子どもの健やかな成長をめざすためには、早期からの教育や保護者の心理面での支援が不可欠となります。スクールカウンセラー及びスクールソーシャルワーカーの配置もふまえた、早期・就学前の幼児(0~5歳児)の教育体制の整備、保護者の相談等支援体制の構築を進めてください。
 上記支援を行うスクールカウンセラー及びスクールソーシャルワーカーに対しては、聴覚障害に関する十分な研修はもとより、聴覚障害支援の専門家から柔軟にアドバイスを受けられる体制を整備してください。

5.国語と同様に「手話言語」を体系的に学ぶことで、きこえない子どもたちが自分の力で考え、判断し、意見を表出でき、総合的な言語力と生きる力を身につけられるよう、「手話言語」を教科として早急に学習指導要領に導入してください。

<説明>
 「障害者権利条約」24条3(b)では「手話言語の習得」を容易にすることが謳われていますが、ろう学校には「手話言語」を教科として学ぶ授業がありません。
 先般改訂された学習指導要領では、子どもたちが手話で活発に話し合うことでコミュニケーション能力を伸ばすことがねらいとされ、「手話での話し合い」を明記されたことは喜ばしく思います。しかしその「手話言語」は、子どもたちにただ自然に身についたものでよいのでしょうか。きこえない子どもたちのもっとも自然な言語である「手話」の文法力、表現力などが生まれ、育まれてきた歴史や文化を体系的に学ぶことによって、きこえない子どもたちは自らのアイデンティティを確立し、コミュニケーション手段としてだけでなく主体的に生きるための総合的な言語活動が充実します。同時に手話言語で国語を学ぶことによって、手話と日本語の二つの言語を繋げ、思考力や判断力、表現力が発達し、「生きる力」を身に付けることが期待できます。
 指導者・指導内容・教科書等の体制は、貴省や専門家、当連盟が一体となって作成していくことが望ましいと考えます。
 コミュニケーション能力を伸ばし、「生きる力」を育むためにも、早急に「手話言語」の教科を導入することを推進してください。

6.大学での教員養成課程及び教職員の現任研修に手話言語を学ぶ授業を組み入れてください。その際の指導者については、各地域の聴覚障害者団体や聴覚障害者情報提供施設等の派遣を利用して下さい。

<説明>
 ろう教職員の採用を積極的に行うと同時に、手話言語のできる教員養成はとても重要なことです。
 先般の学習指導要領の改訂では、手話等を積極的に使用しコミュニケーション能力を伸ばすことを目標に掲げておられます。しかし、教員養成課程と学校現場を見てみると、必ずしも手話言語を学ぶ状況ではないため、各教職員によって手話言語の技術に差が出ている現状があることは、貴省でも認識しておられることです。
 先述の2.②でも触れているとおり、教職員と生徒のコミュニケーションが成立しなければ、授業に差し支えることは明白であり、早急な改善が必要と考えます。
 教職員が手話言語を習得できていないその根本的な原因として、手話言語の習得が特別支援教育教員養成課程に含まれていないことがあげられます。この教員養成課程の聴覚障害教育コースなどに、手話言語が習得できる授業を組み入れてください。
 各地域で行う手話言語習得の現任研修を含め、その指導者については、各地域の聴覚障害者団体、聴覚障害者情報提供施設と相談できるよう取り計らってください。

7.学習指導要領に記載している「手話」については、その習得レベルを明確に提示   してください。

<説明>
 先述しているとおり、手話で授業を行う、手話でコミュニケーションができる教職員が少なく、手話を必要とする子どもたちは、手話ができない教職員に合わせて、日本語で授業を受ける、コミュニケーションを行うことを強いられています。
 学習指導要領にも、指導等で使用する手段として「手話」が記載されており、上記のような現状を鑑みると、手話言語の習得においては一定のレベルを習得することが必須となります。教職員と生徒のコミュニケーションを円滑にできるよう、このレベルを明記し、習得に関する具体的な取り組みを図ってください。

8.「聴覚障害教育の手引き」改訂の検討会等を設ける際は、聴覚障害の専門性を持った者を委員とし、討議できるようにしてください。

<説明>
 今後改訂される「聴覚障害教育の手引き」に関する検討会等を設ける際は、現状を把握し情報提供のできる、ろう教育を熟知したきこえない・きこえにくい当事者や聴覚障害の専門性を持った者が検討会等に参画できるようにしてください。

以 上

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