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「障害者の権利及び尊厳の保護及び促進に関する国際条約」
に関する専門家会議(EGM)及びセミナー
(2003年6月2〜4日 バンコク)

カントリーペーパー「日本からの報告」

高田英一


1.概要
 1981年の国際障害者年を発端として、それに続く1983年から1992年の「国連・障害者の10年」によって日本でも政府はじめ障害当事者及び関係組織、個人による「完全参加と平等」のテーマ達成の取り組みがすすみました。またそれは、「アジア太平洋障害者の10年」に引き継がれ、2002年の「アジア太平洋障害者の10年」の終了した時点で大きな成果を上げることができました。

 このことは、国連を先頭とする国際組織の「完全参加と平等」への積極的な取り組みが、一国に対して効果的な影響を及ぼしたことの典型的な事例と評価できるでしょう。

 しかし、日本はもともと障害者の権利を保障すべき基盤(インフラストラクチャー)が不十分な状態でしたので、政府の努力、それを引き出した障害当事者及び関係組織の運動に評価されるべきものはあっても、なお多くの課題が残されているのが実情です。それは「第二次アジア太平洋障害者の10年」において達成されるべき課題といえるでしょう。
2.特筆すべき取り組み
 日本の障害者に関わる法体系には、次のような問題がありました。
  1. 障害者の権利を保障すべき基本法として「障害者基本法」があり、障害者の権利平等の理念は唱っていますが、障害者差別に対する強制措置や罰則の規定がなく、実効性は極めて薄いものでした。
  2. 多くの法律に障害者を差別する条項、例えば資格制限、行動制限、利用制限など障害者に対する前近代的な差別条項が残されていました。
  3. 「完全参加と平等」のために、例えば視覚障害者のために盲導犬の自由な同行を認めなければならない、ろう者に対して手話通訳を保障しなければならない、障害者の移動に便利な設備を設けなければならない、などの差別禁止を基本的、積極的かつ具体的に規定する法律すなわち「障害者差別禁止法」及びそれに基づく関連法律がありません。
 したがつて、現行法制における障害者に対する差別条項の改正、「完全参加と平等」のために「障害者差別禁止法」の制定は重要な課題でした。

 そこで「アジア太平洋障害者の10年」に対応する日本政府の「障害者対策に関する新長期計画」において「障害者の社会参加を阻む法律条項の見直し」を行うことが政策課題とされました。

政府資料によれば、障害者に対して資格制限、行動制限、利用制限となる法律はそれを管轄する全省庁において、それは例えば医師法、歯科医師法、義肢装具士法、歯科技工士法、理容師法、栄養士法、薬剤師法、道路交通法など79法律にのぼります。そしてこれらの法律条項が「障害者の社会参加を阻む法律条項の見直し」の対象とされました。
3.改正された法律の事例
 日本には検察の不起訴処分の適否を審査する検察審査会法があります。これも差別条項とされる一例で、障害者は審査員になれないとされていました。この法律条項は今回の改正の対象とされ点字文書や手話通訳の導入によって、視覚障害者、聴覚障害者も審査員としての資格が認められるようになりました。それは、資格制限とは障害そのものによるものでなく、それをバックアップすべき手段を保障しない法律そのものに欠陥があることを明らかにしたものです。

 薬剤師法は視覚障害者、聴覚障害者には免許を与えないことを規定しています。この法律条項も改正され、視覚障害者、聴覚障害者にも免許を認めました。このことによって、早くも聴覚障害者が薬剤師免許を得ることができました。これは視覚障害者、聴覚障害者の職域を拡大することになりました。

 医師法も視覚障害者、聴覚障害者には医師国家試験の受験資格を認めない、免許を与えないことを規定していますが、これも改正され、最近の国家試験で視覚障害者の国家試験合格が報道されました。これも視覚障害者、聴覚障害者の職域拡大に繋がります。これらの成果は、障害者の職域の狭さとは、障害そのものに起因するものでなく、それを制限する法律自体にあることを明らかにしたものといえます。

 そして「アジア太平洋障害者の10年」の終了した2002年にはこれらの79にのぼる対象法律の全てにわたって差別条項が改正されました。
4.聴覚障害者にみる「差別法」=著作権法
 現代における大衆的な情報メディアはテレビでしょう。しかし、映像と音声によって視聴するテレビは聴覚障害者にとって大きな困難を伴います。それは音声が聞こえないことです。それを補うために番組に「字幕・手話」を付加する必要があります。アメリカではADA法及び関連法律によってテレビ番組に字幕を付加することが義務化されています。ところが日本にそのような法律はなく「字幕・手話」が付加される番組はまだ少数です。そして番組に「字幕・手話」を付加しようとすれば著作権者に対して、高額の著作権料を支払わなければなりません。

 そこで日本では、聴覚障害者が利用するテレビあるいはビデオに「字幕・手話」を付加する場合、著作権者の承諾を不要とするよう、著作権法の改正が課題となっていました。そしてこの著作権法も改正の対象となりました。

 その結果、CS衛星利用のテレビ放送に関して自由にリアルタイム字幕を付加することができるようになりました。

 また、聴覚障害者の団体である全日本ろうあ連盟及び全日本難聴者・中途失聴者団体連合会を中心として通信衛星会社、映像ソフト会社も協力して「字幕・手話番組」を専門に放送する「CS障害者放送統一機構」が設立されました。 この著作権法の改正、「CS障害者放送統一機構」の設立によって、聴覚障害者自身がテレビ「字幕・手話」番組を制作し、放送できるまでになり、目下専用受信機の普及、放送時間の拡大に努力しているところです。障害者がテレビの受動的な視聴者であることに留まらず、制作、放送を含む能動的な番組の提供者となったところに、障害者の「完全参加と平等」への努力をみることができます。
5.バリアフリーからユニバーサルデザインに
前例に挙げたものは既存の法律条項の改正に関するものでした。

 それとは別に B「完全参加と平等」のために、差別禁止を基本的、積極的かつ具体的に保障する法令がないことが課題でした。それに応える法律として「高齢者、障害者等が円滑に利用できる建築物の促進に関する法律・(通称ハートビル法)」及び「高齢者、障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化促進に関する法律(通称・交通バリアフリー法)」が新しく制定されました。

 前者は建築物について、階段、廊下等について障害者等が利用しやすいように基準を設け、エレベーターの設置、廊下幅の拡大、点字標識の設置等を定めたものであり、後者は交通機関において新設の駅や車両等にそれぞれの障害者にバリアフリーとなる設備の整備を義務づけたものです。これによって障害者だけでなく高齢者、妊婦、子供連れの人たちなど万人に便利にして快適な移動が保障されるようになりました。これはバリアフリーがまたユニバーサルデザインの導き手になることを示しています。
6.原動力となったもの
 このように障害者に関わる法律制度の前進は「アジア太平洋障害者の10年」が導き手となったことは疑いありません。しかし、「アジア太平洋障害者の10年」に確信をもった障害当事者組織の運動が、その推進の原動力となったことを認識するのは重要です。

 例えば、日本には都道府県として47自治体がありますが、そのうち45自治体が「障害者の社会参加を阻む法律条項の見直し」の推進を決議しました。 その決議の背景には議会に決議採択を働きかけたさまざまな障害分野の障害当事者組織の熱心な運動がありました。例えば、その障害当事者組織の一つとして全日本ろうあ連盟は、聴覚障害に関する8つの関係組織を結集して「差別法令改正本部」を設置しました。その本部が議会決議を働きかける、街頭署名カンパを呼び掛ける運動等を通じて集めた署名は7千万円(60万ドル)、署名は2百23万名にのぼります。そしてその他分野の障害当事者組織も関係組織と協力してそれぞれに運動に取り組みました。このように当事者組織を中心とする運動が原動力となり、それに対して大きな世論・国民的支持が生まれ法律改正、法律新設の背景となりました。
7.残された課題
 法律はその文面が改正されただけでは、実効力を持たない場合があります。例えば、道路交通法から視覚障害者、聴覚障害者を一律的に自動車運転免許不適格者とする条項は除かれました。しかし、その免許資格審査における聴覚検査は生きています。例えば補聴器をつけても10メートル離れて90ホンの音が聞こえない場合は不適格者とされます。

 一方で聴覚障害者が運転免許不適格とする科学的な根拠は全くないのです。

 警察庁調査でも、補聴器装用を必要とする聴覚障害者の事故率は0.03パーセントと一般健聴者の事故率0.2パーセントに比較しても驚異的に低いのです。それでもその調査は聴覚障害は自動車運転に危険であると結論し、厳しい検査と補聴器装用を義務付けています。

 また、手話通訳が身体障害者福祉法に法制化されたといっても、その他の法律にはその保障を具体的に規定していません。例えばある聴覚障害者は、手話通訳を付けられず、はっきりした内容もわからないまま銀行融資の連帯保証人にされましたが、債務者の倒産によって全財産の差し押さえを受けました。その聴覚障害者は手話通訳者による通訳なしに連帯保証人にされたことは不当であると裁判に提訴しましたが、一審で敗訴し目下控訴審を闘っています。

 その他、障害者に対する差別は数知れず日本に残されています。そのため「障害者差別禁止法」を制定することが障害者運動の今後の重要に目標となります。 日本では障害者差別に対するたたかいは未だ続いています。
8.日本の国際的責任
 日本における障害者の「完全参加と平等」は北欧などに比較するなら、未だ多くの課題が残され差別、所得、生活、権利、バリアフリー等の改善、向上は依然として大きな課題です。しかし、アジアの発展途上国と比較するなら差別、所得、生活、権利、バリアフリー等の面では遥かに恵まれているといえるでしょう。

 それは経済的に、かつ大局的にみるなら日本の繁栄はアジアのみならず発展途上国の犠牲において成り立っているといえなくもありません。それは多くの先進国においても共通していえることだと思います。

 私たち日本の障害者は、アジアの障害者を支援する中でいつも痛感するのはアジアの貧しさです。「完全参加と平等」のために障害当事者組織の運動は重要であるとはいえ、その貧しさは運動の障害とすらなります。それ故、アジアの障害者支援とはその貧しさの克服を常に念頭におかなければならないことを実感しています。

 現在、日本の経済成長は停滞し、かつての勢いはなく、それは国家財政の規模の縮小を余儀なくして、そのしわ寄せは障害者の生活を直撃して新しい多くの困難をもたらし、さらにその影響はバリアフリーの向上に支障を及ぼしつつあります。これは生産力はあっても国内的、国際的な購買力の停滞、もしくは後退にあえば経済成長は停滞することを示しているといえるでしょう。それはまた発展途上国の貧困に由来するともいえます。

 そのような現状や理由から、日本がアジアの発展途上国の経済援助を行うことは、日本の責務であると共にアジア太平洋地域さらに世界に新たな繁栄をもたらす有効な施策であると確信しています。

 それも環境破壊や冨の偏在をもたらす大規模開発や工業援助に偏らないで貧困の克服、民生福祉、特に障害者についていえば差別、所得、生活、権利、バリアフリー等の改善、向上のための援助がとりわけ重要と思います。

 北欧の援助は障害者組織のカウンターパートを設定して、それを通じての援助が中心で効果をあげているといいます。

 そのような例を考えると日本も「第二次アジア太平洋障害者の10年」におけいて、障害当事者組織がそれぞれカウンターパート、例えば視覚障害者組織は視覚障害者組織に、聴覚障害者組織は聴覚障害者組織に、肢体障害者組織は肢体障害者組織にというように、相互に理解しあえる組織をカウンターパートに設定して援助活動を、政府の財政的支援を得て大規模に展開することが重要といえます。そして、そのような活動を通じて支援する側、支援される側の障害当事者組織もそれぞれに成長を果たすことができるでしょう。それこそ「完全参加と平等」に至る道筋と思います。
9.「障害者権利条約」の実現を目指して
 2003年から2012年に「第二次アジア太平洋障害者の10年」が設定され、その主要な目標として「びわこ・ミレニアム・フレームワーク」が掲げられました。また「第二次アジア太平洋障害者の10年」の主要な目標は国連「障害者権利条約」の制定であります。

 そのため国際障害同盟(IDA)を中心とする障害当事者組織の国際運動は重要です。しかし人材、時間さらに大きな財源を必要とする国際運動への直接参加は決して容易ではありません。また、「障害者権利条約」の制定に力があるのは国際運動への直接参加だけではありません。

 国連とは結局各国政府の結集体であり、その権限は最終的には各国政府の意志に由来します。その点で国内の運動もまた「障害者権利条約」に効果的な影響場合によっては決定的な影響を及ぼします。

 「障害者権利条約」に対応するものとして国内に「障害者差別禁止法」を制定することは「障害者権利条約」に対する政府の支持を明確にするものです。それゆえ「障害者権利条約」に先立つ「障害者差別禁止法」の制定は重要です。

 日本政府は国際的な影響力をもっており、その動向、意志を決めるのは国内における障害当事者組織の運動です。日本の障害者は国際障害者年このかた運動について重要な経験を積み重ねてきました。それは障害当事者組織の総合的運動を目指す経験です。それは個々の分野別の障害当事者組織の運動と対立するものでなく、それを総合して大きな力とするものです。

 アジアでは、国際障害同盟(IDA)にならいRNN(アジア太平洋地域障害者ネットワーク)をAPDF(アジア太平洋障害者フォーラム)に発展させました。日本でもこのAPDFに対応する総合的な組織を結成し、国内的障害者運動を発展させ、政府の「障害者権利条約」に対する積極的姿勢を引き出すように努めているところです。

 それは各分野の障害者組織及び関係者組織を結集し、個々の組織を尊重する中で、全体の力を発揮できるできるようにする組織です。

 「第二次アジア太平洋障害者の10年」において日本の障害者は障害者国際運動への直接参加だけでなく、「差別禁止法」の制定を目指して国内運動の発展させ、それを「障害者権利条約」、「びわこ・ミレニアム・フレームワーク年」の実現に繋げるよう力を尽くしたい思います。

作成日 2003年5月15日
財団法人 全日本聾唖連盟

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