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※全日本聾唖連盟による仮訳

障害者の権利及び尊厳の保護及び促進に関する
総合的かつ包括的な国際条約の構成要素


課題とアプローチ

障害者の権利条約はこれまでの条約と似ている点もあるだろうが、重要な違いもいくつかあると思われる。文書の構成はこれまでのものと似ているであろうが、内容的には、主要な部分で特徴的な違いが見られるであろう。これまでの国際人権文書との整合性を保ち、合意を促すために、言葉の統一もあると予想できる。第一回アドホック会議に提出された、メキシコ政府案にも言及するであろう〔1〕(A/AC.265/WP.1)

これらを念頭に置き、人権条約の基本的な構成が使用されるものとした上で、更に障害者の人権条約固有の課題を考えてみたい。また、今回の条約以外の障害に関する国際文書に使用される表現方法も参考例としてあげてみる。

その他の障害に関する国際文書とは下記が参考例として挙げられる:
バンコクで2003年6月2〜4日に開催される専門家会議の際、条約に関する意見がある人は、この構成に沿って意見と課題を述べて欲しい。
前文
前文の基本的な目的は、条約が必要である理由を説明する。前文が示す根拠が条約の事実的な背景を概説するわけである。

前文は、条約と他の文書との関連性を示す。このことは、整合性が重要な人権分野では、特に大切である。人権のより大きな体制の中にこの障害者の人権条約がどのように位置づけられるのかを示す必要がある。

例えば、障害者に対する全ての差別を撤廃する「米州人権条約」は、その必要性と他の条約との関連性を下記のように明確にしている:
「障害は差別的な扱いを受けやすいことから、障害者の状況を十分に改善するための行動や措置を推進する必要があることを念頭に置き

『アメリカ人権宣言』には、全ての人が生来自由であり、平等の尊厳と権利を有するとが謳われ、全ての人の権利と自由は、いかなる分け隔てもなく尊重されるべきであることを想起し、」

ワーキング・ペーパー1〔参考文書1〕には、条約の根拠として、既存の人権文書では障害者の人権を完全に保障できないことをあげている:

d)障害を理由にした差別は平等の原則及び人間の尊厳に対する敬意に反するものであり、平等の条件での障害者の市民的、社会的、経済的、政治的、文化的生活をを阻むことになることを認識し、

i) 世界行動計画〔1983〜1992〕の採択以来、政府、国連の各機関・組織、非政府組織などにより、障害に関する協力と統合、意識向上などの取り組みが多く行われてきたにもかかわらず、世界各地では依然として障害者の権利侵害と差別がなくならに状況を認識し、

j)障害者の機会均等化を実現するには、国際条約及びその他の人権条約が掲げる全ての政治的、市民的、経済的、社会的、文化的権利及び物理的環境へのアクセスが保障されなければならないことを認識し、
現存の条約の遵守を保障する方法を探るだけではなく、新しい条約の必要性の根拠が前文に明記されていなければならない。

新しい条約の必要性の訴えは開発の取り組みの中から発していることを考慮し、前文には開発に関する記述も必要である。
基本的条文
どの条約にも、その条約が適用されるべき対象を明記した条文、政府の全般的な義務を明確にする条文、条約の方向性を示すもっとも重要な基本原則を記す条文などが必要である。障害者の条約の場合、これらは特に重要であるが、必ずしも簡単な問題ではない。なぜならば、障害とは状態であり、属性ではないことから、機会均等化を保障する政府の責任が必ずしもはっきりしていない。そのため、政府の機会均等化の政策が単に代償的な措置や差別撤廃措置である場合も多い。

誰に適用されるのか

障害は状態であり、属性でないため〔2〕、条約が適用されなければならない人が全てカバーされるように、その適用範囲が注意深く明記されなければならない。現在使われている定義は、特に「目に見えない障害」などの部分で、的確さを欠く場合がある。更に、ほとんどの人が何らかの機能障害を持っていることから、条約の条項には何らかの基準を設ける必要がある。
「障害者の機会均等化に関する基準規則」には非常にあいまいな定義しかない:
「17.「障害」(disability)は、世界の全ての国の全ての人々の間で起きている数多くの異なる機能的制約を総称した言葉である。人は身体的・知的・感覚的な損傷(impairment)医学的状態、精神病により障害を持つかも知れない。こういった損傷、状態、病気の性格は永続的な場合も一時的な場合もある。

18.ハンディキャップとは、他のメンバーと平等なレベルで地域社会の生活に参加する機会が欠如もしくは制約されていることである。ハンディキャップという言葉は障害を持つ人と環境の出会いを示す。環境並びに情報、コミュニケーション、教育など社会が組織している活動の欠点に焦点を当てるのが、この用語の目的である。こういった環境と活動が障害を持つ人の平等な条件での参加を妨げている。」(長瀬修訳
米州人権条約が示す「障害」の定義は、主要な法律の一つとなっている「障害を持つアメリカ人法」(ADA法)に基づくものである:
a)「障害」とは、生活する上で重要なこと(major life activity)のひとつあるいは複数について、重大な制約を与える、永続的又は一時的な肉体的、知的(精神的)、感覚的な損傷(impairment)を意味する。この損傷は経済的、社会的環境によって起こる、又は悪化する場合もある。
ADA法には、この「重大な制約」や「生活する上で重要なこと」に関する具体的な説明はないが、米国調査局が情報収集のために定義を示した。それには「生活の活動」(life activities)を三つに分類した:
  1. 機能的活動:見る、聞く、話す、持ち上げる、運ぶ、階段を使う、歩く。
  2. 日常生活動作(ADL):家の中での動作、ベッドや椅子の使用、入浴、着替え、食事をとる、手洗いを使う
  3. 手段的日常生活動作(生活関連動作)(IADL): 外出、お金や請求書の管理、炊事、簡単な家事、電話の使用。ワーキング・ペーパー1は米州条約の定義を使用している。
これらの定義が、条約がカバーすべき人々を完全に網羅するのに十分であるかどうかは、これから決めなければならない課題である。

「障害」及び「ハンディキャップ」という言葉は、国際的に受け入れられている、知的あるいは身体上の分類である、WHOのICIDH〔International Classification of Impairment, Disability and Handicap国際障害分類〕に基づくものである。その後、このICIDHは改訂され、「国際生活機能分類」(International Classification of Functioning, Disability, and Health=ICF)という新しい分類が2001年5月22日のWHO総会にて採択された。この新しい分類の活用により:
「健康状況と健康関連状況とを表現するための共通言語を確立し,それによって,障害のある人々を含む,保健医療従事者,研究者,政策立案者,一般市民などのさまざまな利用者間のコミュニケーションを改善すること」ができる。〔3〕
これ自体は障害の定義ではないが、医療モデルと社会モデルを統合し、「障害」が意味することを説明しようとしている。
ICFによると、生活機能の障害(disability)は心身機能・身体構造の障害(impairment)に起因し、活動あるいは参加の制限・制約につながるとしている。ここで鍵となる言葉はimpairment 〔生活機能の障害〕である。ICFはこれについてかなり具体的に説明している:
「機能障害は,身体とその機能の医学的・生物学的状態に関する,一般に認められた一般人口の標準からの偏位を表すものである。何を機能障害とするかの定義は,本来,心身機能・構造を判断する資格を有するものによって,それらの標準に従って行われる。」〔4〕厚生労働省訳
ICFをもってしてもimpairment〔心身機能・構造障害〕の意味は捉えにくい。この言葉は明らかに観察的な用語である。〔その定義は「心身機能・構造を判断する資格を有する者によって行われる。」〕Impairmentは必ずしも重い必要はない。例えば、「標準」の視力を20-20とするならば、近眼の人もimpairment〔心身機能・構造障害〕を持っていることになるが、この障害は眼鏡使用で簡単に矯正できる。また、「一般に認められた一般人口の標準」が変化すれば、ある状態をimpairment と呼ぶか否かも変わってくる。
Impairmentは活動と参加に及ぼす結果から捉えられてきた。ICFにおいて、活動(activity)とは、課題や行為の個人による遂行のことであり、参加(participation)とは、生活・人生場面(life situation)への関わりのことである。また、ICFは活動と参加に関連して、9つの領域を挙げている:
  1. 学習と知識の応用
  2. 一般的な課題と要求
  3. コミュニケーション
  4. 運動・移動
  5. セルフケア
  6. 家庭生活
  7. 対人関係
  8. 主要な生活領域
  9. コミュニティーライフ・社会生活・市民生活
これは役に立つが、「制限/制約」の概念〔これが機能・構造障害impairmentと活動・参加可能な状態を分ける界面である〕が観察的な用語である。ICFにはこう書かれている:〔5〕
「制限や制約は一般に認められた一般人口の標準と比較して評価される。ある個人の能力と実行状況を比較すべき標準や規範とは,同様の健康状態(病気,変調,傷害など)にない人の能力や実行状況である。制限や制約は,観察されている実行状況と期待されている実行状況との間の解離を示す。期待されている実行状況とは,その集団における基準であり,特定の健康状態にない人々が経験している状況である。」(厚生労働省訳
これは定義への方向付けをしているが、実際には「標準」」(normal)とはどのような状態なのかを明確にするか、その評価を可能にする方法が示されない限り、実践できない。

検討を要する重要なポイントは:
  1. 米州人権条約をどのように改善し、拡大すれば、条約がカバーする人々を明確にできるだろうか?
  2. 特定の人が、条約に該当するかどうかを判断するためのシステムはどの程度必要だろうか?
政府の義務は何か

どの条約にも、政府の義務、即ち締約国となるために約束しなければならない条件、が記される。通常これらは、条約の目的達成に必要な法律や政策課題として書かれている。

例えば、「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」の第2条には、このような義務が列挙されている:
「締約国は、女子に対するあらゆる形態の差別を非難し、女子に対する差別を撤廃する政策をすべての適当な手段により、かつ、遅滞なく追求することに合意し、及びこのため次のことを約束する。

 (a)男女の平等の原則が自国の憲法その他の適当な法令に組み入れられていない場合にはこれを定め、かつ、男女の平等の原則の実際的な実現を法律その他の適当な手段により確保すること。〔以下6つの方策が挙げられている〕」〔政府訳
米州人権条約の第3条が記す義務は下記のとおりである:

「本条約の目的を達成するために締約国は次の努力を行う:
1.障害者に対する差別を除くために必要と思われる、法律、社会、教育、労働などに関連する措置を講じて、障害者の社会への完全参加を促進する。そのための措置には、下記も含まれるべきである:

a. 品物、サービス、設備、計画、のほか、職業、交通、コミュニケーション、住宅、レクリエーション、教育、スポーツ、法の執行、公正な裁き、政治・行政に関わる活動などを提供する際、差別を徐々に排除し、インテグレーションを促進する措置を講じる。

b. 自国内で新しく作る建物、乗り物、施設などが、障害者にも交通、コミュニケーション、アクセスなどの面で使用しやすくする措置。

c. 建築設計上、交通、コミュニケーションなどの障壁をできる限り取り除き、障害者の利用とアクセスを容易にする措置。
d. 本条約とこの分野の国内法の執行責任を負う人は、その任務に対して十分な訓練を受けていることを保障する措置。
「措置・対策」(measures)という言葉は、「自国の憲法その他の適当な法令に...平等の原則の実際的な実現を確保する」に比べると要求される義務が軽い。提案するワーキング・ペーパーの第3条が示す義務は、更に明確になっている:
「締約国は条約の目的達成のため、法的、司法、行政措置及びその他の措置を講じる。このため、締約国は:

1.自国の法律に、障害者の完全参加を促進するための政策や計画を設ける。

2.障害者に対するあらゆる差別を撤廃し、その権利を促進し、保護するために必要な措置を講じる。その措置には次が含まれる:
a) 全ての人に対する平等と反差別の原則を国の法律に反映させ、これに反する全ての法律を撤廃もしくは改正する。

b) 障害者に対して差別的な行為を防止し、罰する措置を講じる。

c)この条約及びその他の国際条約に記される権利は、締約国の司法制度〔裁判〕によって法的に保護されることを保障する。

d) 自国の法律に、障害者の自主性と自立した生活を促進するために必要な積極的   な政策を設け、平等な環境において、すべての経済的、社会的、文化的、市民的、政治的活動への障害者の完全参加を達成するようにする。
3.障害者のための法律や政策の作成、評価の際、障害者の特殊な状況及びニーズを考慮し、障害当事者及び家族の参加を確保する。

4.障害者の公的サービス、リハビリテーション、教育、職業などへのアクセスなどを含む国勢調査の実施を促進する。
検討を要する重要なポイントは:
  1. 義務をどの程度具体的な措置として明記すべきか。
  2. 政府が自らの責任として負うことを承諾する範囲の制約
どのような差別撤廃措置や保障措置を施行する必要があるのか

いくつかの差別撤廃条約には「暫定的な差別撤廃措置」に関する条項がある。これは、基本的には、過去に受けた差別が現在の権利の享受の妨げになっている場合、それを補うための特別措置のことである。これは、「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」の第4条の重要な要素となっている:
1 締約国が男女の事実上の平等を促進することを目的とする暫定的な特別措置をとることは、この条約に定義する差別と解してはならない。ただし、その結果としていかなる意味においても不平等な又は別個の基準を維持し続けることとなってはならず、これらの措置は、機会及び待遇の平等の目的が達成された時に廃止されなければならない。

2 締約国が母性を保護することを目的とする特別措置(この条約に規定する措置を含む。)をとることを差別と解してはならない。
米州人権条約にも、基準規則にも、このようなことは明文化されていない。ワーキング・ペーパー1の第4条には似たような文章がある:
1.障害者に平等の権利と機会を保障するには、締約国は、他の措置に加えて、差別撤廃もしくは補完的措置をとる必要がある。

2.締約国は、特に傷つきやすい特殊状況に置かれている障害者に対して特別措置を講じる。
障害者の条約とその他の条約の違いは、差別撤廃措置や補完措置が一時的なものかどうかと言う点である。障害者の条約の場合、恐らくこれらは永続的な措置でなければならないであろう。参考として挙げられている国内法であるADA法には『適切な配慮』(reasonable accommodation)という概念があり、これによって、障害者にも均等の機会を保障するための措置をとらなければならない。このような措置は各特定分野について定義する必要があるが、全般的な考え方は条約の基本に関する条項で触れる必要がある。

検討を要する重要なポイントは:
  1. 差別撤廃又は補完的措置はどの程度法制化する必要があるのか。
  2. これらの措置は一時的、あるいは恒久的のものであるべきか。
  3. 差別撤廃又は補完的措置は「適切な配慮」の概念を十分に反映しているか。
  4. 『適切な配慮』は新しい計画やプロジェクトにだけ適用されるのか、又はどの程度さかのぼって適用すべきだろうか。
特別条項

他の条約には、関係する公的施策に関する特別条項がある。例えば、「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」にはそのような特別条項が10ある:
これらの分野は、歴史的に見て、平等が奪われていた分野、あるいは平等の取り組みが行われてきた分野を反映する。

「基準規則」には平等の参加を実現するための8つの目標分野が設けられている:
「米州人権条約」にはこのような特定分野に関する条項はない。

ワーキング・ペーパー1は13の特定分野を提案している:
条約は確認された主要分野につき、それぞれ一条文を充てる必要がある。

検討を要する重要なポイントは:
  1. 具体的にはどのような条項がなければならないか。
  2. どの程度共通の構造を持たせるべきか。
  3. それぞれについて明記すべき主要な施策は?
執行とモニタリング
全ての国連条約は同様の形式のモニタリング機構を有する。即ち、締約国が委員を選出する委員会がモニタリングを担う。障害に関する条約は必ずしもこのような委員会を持つわけではないが、他の条約との一貫性を保つために、必要となるであろう。

「基準規則」や「米州人権条約」を見ても、やはり委員会の設置以外の方法は見当たらない。「基準規則」の場合は社会開発委員会が特別報告者の力を借りてモニタリングを担当する。ワーキング・ペーパー1は、障害者の人権に精通している12名の専門家によって構成される委員会の設置を提案している。提案されている委員会の設置要綱の内容は、通常のモニタリング機関の任務の範囲を幾分拡大している。また、その構成メンバーとなる人の条件が通常よりも幾分厳密に規定している。例えば、「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」の場合、そのモニタリング委員の条件は単に「条約の分野に詳しく、倫理観の強い人」としか明記していない。これに対して、ワーキング・ペーパー1は、「障害者組織の中で人望の厚い国内のリーダー、あるいは倫理観が強く、障害者の権利と尊厳を保護及び促進に精通した学者、専門家、科学者、医者など」と規定している。

締約国の報告方法は他の条約と似ている。

検討を要する重要なポイントは:
  1. 障害者の人権条約にもっと効果的なモニタリング機構とはどのようなものか。
  2. そのモニタリング・システムは他の人権条約のモニタリング・システムと同じような機能を持つべきか、違った機能も必要か。
  3. モニタリング委員会の委員の条件を設けるとしたら、どのような条件にするのか。


脚注:
〔1〕 会議には他にも二つワーキング・ペーパーがあったが、これらには文案に関する提案がなかった。
〔2〕 拷問禁止条約の対象は人間であること、子どもの権利条約の対象は年齢で規定される、女性差別禁止条約の対象は性別で規定される、移住労働者及び家族の条約は法的に移住労働者である条件で規定される。
〔3〕 世界保健機関、国際生活機能分類の紹介、p.5。ICFはウェブサイトで見ることができる: http://www3.who.int/icf/icftemplate.cfm
〔4〕 p.12 と同じ
〔5〕 pp. 15-16 と同じ

上記文書の抜粋の日本語訳には、以下を使用させて頂きました:

日本政府訳「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」
  http://www.nichibenren.or.jp/jp/katsudo/jinkenlibraly/treaty/woman/convention/index.html

厚生労働省訳「ICF国際生活機能分類」
  http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html

長瀬修訳「障害者の機会均等化に関する基準規則」
  http://www.jfd.or.jp/int/unpanel/sr_draft_rev.html

作成日 2003年5月19日
財団法人 全日本聾唖連盟

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