写真ニュースコーナー2004年1月

近未来は【電子】全日本ろうあ連盟?

 全日ろう連電子ネットワーク活用推進委員会が、1月26日に鹿児島県聴覚障害者協会事務所にてインターネット接続環境整備の支援を行った。(写真:鹿聴協会員と兵藤委員)
 パソコンOSのアップデート、ウィルス定義の更新、プロバイダー契約書内容の確認、事務局担当役員へのメール転送設定など、ひとつひとつ・・・そして最後に、本部事務所とのメール送受信テスト。 OK!
 これで、全国47加盟団体すべてがお互いに電子メールで連絡しあえることになった。各都道府県の運動拠点と中央を結ぶ、このネットワークをどのように活かしていくかは、これからの私たちの課題である。
国際手話通訳の第一人者 ビル・ムーディ氏 来日

 「ビルのサイン・ネームはフランスのろう者がつけた。彼は鼻炎などのアレルギーのため、手話通訳中もしばしば鼻を触る癖があったが、この癖を捉えて『親指で鼻をこする』というサイン・ネームが付けられた。東京での世界ろう者会議の際も、彼はどこでもハンカチを出しては鼻をよくかんだ。…『日本人は、そのような失礼なことをした私を少しも軽蔑にせず、常に親切に接してくれた。日本の人たちの優しさには感銘を受けた』とビルは述べている。」

 今や国際手話通訳の第一人者として名高いビル・ムーディ氏(健聴者)が来日し、全日ろう連の国際手話通訳者(ろう者)に技術指導を行なうほか(非公開)、大阪で講演会を2回行なう。
 世界手話通訳者協会の設立に向けても活躍中のムーディ氏の話をみんなで聞こう。

 2月7日(土) ビル・ムーディ氏(Mr. Bill Moody)講演会
         (移民であふれるニューヨークの手話通訳事情)
 2月8日(日) 第4回手話研究セミナー記念講演
         (国際手話の歴史と、研究の発展について)
ウズベキスタンから "PEACE(ピース)!"

 2003年11月に世界ろう連盟アジア太平洋地域事務局小椋武夫事務局長と兵庫教育大学鳥越隆士教授がJICAの専門家として、ウズベキスタンに派遣された。
 旧ソビエト連邦の崩壊後、ろう者福祉の後退が伝えられて久しい中、ろう者協会、ろう児施設、ろう者福祉工場などを視察し、手話通訳養成カリキュラムと手話テキストの開発と、ろう協会の組織強化に関しての相談にのった。
 写真は日本の仲間に“ピースサイン”を送るウズベキスタンの子どもたち。
「6月に岩手で会いましょう。」

 「わたしのなまえは、ハックです。スリランカからきました。よろしくおねがいします。」
 財団法人広げよう愛の輪運動基金ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業の第5期研修生として滞日中のM・J・M・ファズルル・ハック(スリランカ中央ろう連盟所属・23歳)は2003年12月までに日本語と手話の研修を終え、ろう運動に的を絞った研修をいよいよ開始する。
 日本のろう青年と交流してたくさんを学びスリランカに持ち帰りたいと語るハックさんは2004年6月の第52回全国ろうあ者大会(岩手県)の「青年の集い」に参加しての交流を楽しみにしている。
<全国手話研修センター施設整備募金運動>
夢・希望・決意

 中央実行委員会と東京推進委員会で、2003年12月23日、「労働スクエア東京」ホール(500名)を超満員にして、「全国手話研修センター」チャリティー講演会を成功させた。
 「手話大解剖」のテーマで小嶋栄子(大東文化大学非常勤講師)と全日ろう連大杉本部事務所長が対談、参加者も一緒に日本語と手話の違いや、手話の通則についての理解を深めた。
 全通研東京支部の市川前運営委員長、日本手話通訳士協会の小椋会長、川根事務局長、川島事務局次長の4名が通訳を担当。
 参加者それぞれが、全国手話研修センターを中心とした「21世紀における手話の新たな発展」への夢や希望、そして決意を胸に、新たな一年を迎えようとしている。