朝日新聞9月6日付「be」5面 
「伸々術」最新医療あの手この手
「人工内耳で言葉も取得

 補聴器でもだめ、という難聴者に今は「人工内耳」がある。欧米では20年を超す歴史があるが、日本では1985年、舩坂(ふなさか)宗太郎・東京医科大学教授(現・名誉教授=耳鼻咽喉科)が40歳の女性に初めて手術した。
 鼓膜の振動を神経の興奮に変え、脳に伝える内耳を代行するのが人工内耳だ。手術で、耳の後ろ側の皮下に電流発生装置を埋め込んで、細い電極の束が内耳に届くようにしておく。体外の音声処理器が音を分解して電気信号に変え、皮膚の上から無線で装置に送ると電極から電流が流れる。
 最新の人工内耳は驚くほどよくなった。音声処理器は肩掛けや腰に付ける方式から耳掛式も出ている。不自然な音で、大人でも2、3カ月訓練しないと聞き取れなかった昔と違い、早い人は2時間で家族や友人と話せるほどだ。
 「実は、先進国で最も人工内耳の活用が遅れているのが日本」と舩坂さん。特に問題なのは、生まれつき高度難聴の子どもが放置されていることだ。耳が聞こえないと言葉がわからない。しかも5歳を過ぎると言葉の習得はほぼ絶望だ。
 欧米やオーストラリア、台湾では、2、3歳で人工内耳を埋め込み、訓練する。8割は日常会話に不自由なくなる。日本では保険適用になっているのに、性能が悪いという初期のイメージもあって、医師も行政も国民も関心が乏しく、年700人も生まれる高度難聴児のうち、言葉を獲得できる子はわずかだ。
 舩坂さんは94年、自宅に訓練施設チルドレン・センターを開いた。これまでに、人工内耳をつけ、週1回、2年間の言葉の訓練を終えた38人の子ども全員が普通の小学校へ進んでいる。(編集委員・田辺功)