(1999年9月21日付けで全日本ろうあ連盟は厚生大臣と朝日新聞社社長宛に下記のような質問状を内容証明郵便で送った)
(編集注)なお掲載にあたって漢数字を算用数字にあらためた箇所があります。

質問状

 当連盟は、全国都道府県の47傘下組織を通じて約2万8千名の聴覚障害者が会員となり、ろうあ者の福祉向上のために活動している団体です。

 先般、1999年8月28日の朝日新聞朝刊一面トップに『新生児に聴覚検査』との見出しの記事が掲載されました。

 掲載記事からだけでは、どこまでが取材に対する厚生省としての見解で、どこまでが記事執筆者の見解なのかが判断できませんが、この記事は、読み方次第ではろうあ者に対する差別意識を助長しかねない内容であり、新生児検査という成果に大きく水をかける結果となっており、私どもとしては到底看過できないものがあります。

 よって、この記事の含む問題について、以下の私どもの考え方を述べるとともに、これに対するご見解を伺いたいと存じます。第一、記事中の問題となる記載

1.第一点 記事リード部分の『(2歳前後になって異常がわかることが多いが) それから治療しても言語能力などに支障が生じ、知能発達にも影響が出る』『早期に障害を発見して訓練すれば、言葉の習得や知能発達に効果があることがわかった』との掲載部分。

2.第二点 記事本文中の『早くから言語習得の訓練をすることで、これまでは知能障害と間違われていたり、ろう学校に通っていたりした子供も、補聴器をつければ普通学級にも通えるようになる』との記載部分。

3.第三点 記事本文中の『厚生省は、すべての赤ちゃんが検査を受けて早期に訓練すれば、ろう学校に通う3割から5割の子供は普通学級に通えるようになるとみている』との記載部分。

第二、以上に対する私どもの考え

1.以上の三点から、この記事を読んだ通常の読者は、1)聴覚障害とは、新生児からの早期『治療』ないし訓練がないと知能発達に影響が出る障害であり、2)この早くからの治療または訓練を受けられない場合は、知能障害と間違われるか、ろう学校に通うか、いずれかの結果となるが、3)早期に訓練すれば多くの子供はろう学校に通う必要はなくなり、補聴器をつけて普通学級に通えるようになる(そうでないと普通学級には通えない)、という意味で新生児検査の意義・目的を理解することになり、他の読み方は客観的にありえないだろうと考えます。

2.ここには個々の障害児を『健常児』に『近づける』ことを第一義とし、また、ろう学校はいわば『必要悪』であって普通学級に通えるようになることが『善』であるとする思想が横たわっているとしか思えません。

 しかし、私どもは、この思想は、障害者や障害児学校を劣った存在とする差別的思想に結びつくものであり、国際障害者年以来の社会的理解の前進のなかで既に過去の遺物となった筈の誤った障害者観につながるものと考えます。

3.障害の早期発見は、子供の生育環境を整備する上で極めて重要なことであり、今回の新生児検査は、大きな前進であり成果であると私どもは考えております。

 ただ、早期検査・早期発見は、聴覚障害児の全人格的発達を保障するためのものであって、過去の口話絶対主義時代のろう学校のように、聞こえる子供に『近づける』ことを目的とするのは許されません。

4.聴覚障害児について言えば、補聴器をつけて言葉(音声言語)の訓練から始めるのが適切な児童もあれば、手話の通じる家庭で手話言語を習得し、それを基礎に音声言語を習得するのが自然な場合もあります。

 学校教育も、ろう学校幼稚部の零歳児からのいわゆる教育相談から始めて、ずっとろう学校で育つことを望む人もあれば、ろう学校幼稚部等を経て地域小学校に通うとする人もありますし、幼児保育の段階から聞こえる人のなかで育つことが望まれる場合もあります。

 聴力の程度、本人の個性、家庭環境、学校とその周辺の社会環境等、個々具体的な条件と本人自身(及び保護者)の希望によってさまざまであり、そのさまざまな方法が保障される必要があります。

 一方的にこうだと決めつけるのではなく、本人と保護者が自らの意思で判断し選択するために、正確で十分な情報が提供されることこそが必要なのです。

 なお、付言しますと、北欧諸国等では手話が聴覚障害者の第一言語であるとされており、聴覚障害の早期発見は、その家族ができるだけ早くから手話を学び、身につけるためでもあるとされている由です(聞こえる家族が、手話に熟達するにはかなりの年数を要するので、できるだけ早く学習を開始する必要があるという意味です)。

5.一律に音声言語習得の早期訓練から始めるとするのは、障害児を一律に『健常児』に『近づけ』ようとする過去の誤った思想につながります。

 まして、昭和20年代のろう教育義務化の初期ならともかく、その後半世紀たった現在、『(新生児段階からの)言語習得の訓練』がなかったために『知能障害と間違われていたり』するケースは、とても考えられません。

6.ろう学校は、聴覚障害者の特性に応じた専門的な教育をする機関であり、また同じ聴覚障害児同士の集団のなかで自然に手話を習得し、障害者としてのアイディンティティを確立させてゆく場でもあります。これらの機会は地域学校(普通学級)では保障されません。児童の権利宣言を持ち出すまでもなく、ろう学校に通う権利とろう学校教育の充実は、ろう児とその保護者の権利となる問題です。

7.そして、その可否は別論として、本人と保護者が、小・中学校や高校(普通学級)に通うことを希望する時は、その学校(普通学級)に通う権利があります。一般学校(普通学級)入学に『補聴器をつければ』可能と条件を付けるようなことは許されませんし、現実にもそのようなことはあり得ません。

 ろう学校幼稚部で基礎的な教育を受けて地域小学校に入学する子供は、特に珍しい存在ではありませんし、過去の一時期には『インテグレーション』の名による普通校転入を半ば目的化する誤った考え方があり、『3割から5割』どころか幼稚部卒業生の七割から八割が、地域小学校に入学していたろう学校もありました。

 この普通学級入学は、現在では、コミュニケーションが共通する児童集団の中での自然な発達と障害者としてのアイディンティティ確立を疎外する面が指摘され、反省期に入っていますが、ただ、しかし、希望次第で、ろう学校に通うことも普通学級に通うこともできるのは当然のことです。いずれも子供と保護者の選択の権利に属することです。

8.合わせて言うと、知的障害児も、その個々の条件に応じて発達を保障され、差別されることなく生きゆく権利があり、そのための社会環境の整備が要請されます。『知能障害』という言葉を通じて、知的障害を持つ人々を劣った人格とすることが許される社会は、間違った社会と言うべきでしょう。

 これらのことは国際障害者年の理念、児童の権利条約の批准や障害者プランの公表等によって、国としても全面的に肯定されていることだと思います。

第三、ご質問

1.以上、記事の問題点と私どもの考えを申し上げました。

2.そこで、記事を掲載された朝日新聞社と取材先である厚生省に、次の点をお尋ねしたいと存じます。

 問題の重要さに鑑み、本質問状到達後10日以内に、文書をもってご回答頂ければ幸いです。

 なお、本件につき事前に電話でご照会しましたところ、朝日新聞社は『すべては厚生省の見解である』とのことであり厚生省は『記者の主観が入っており、真意が伝わっていない』とのことで、私どもとしては、いずれが事実か、判断できないまま、このご質問をするに至ったことをご了解下さい。

3.質問事項

1)基本的・全体的なご質問

 以上の通り、私どもはこの記事は、障害者に対する社会的差別を肯定し、助長する考え方につながるものと考えますが、如何でしょうか。

 具体的部分をあげて、具体的に私どもの考えを申し上げていますので、具体的にご回答下されば幸いです。

 特に、朝日新聞社におかれては、この記事を全国的に公表した責任者として、記事の文言と照合しての具体的なご回答を頂きたいと存じます。

2)ろう学校についてのご質問

イ.ろう学校に通う三割から五割の子供は普通学級に通えるようになるとの点は『厚生省の説明』となっていますが、厚生省におかれては,その通り説明されたのでしょうか。

ロ.どのように解釈しても、この部分は、ろう学校に通うことを否定的に見ているとしか読めませんが、ろう学校に通うことは劣ったことであり『普通学級に通えるようになる』ことは即ち良いことなのでしょうか。

ハ.この場合、ろう学校に残る七割から五割の子供たちは、劣った子供であるとお考えなのでしょうか。

ニ.このような見解を公然と発表し、あるいは全く無批判に記事として公表されたのは、いかなる事情からでしょうか。

3)手話についてのご質問

 ひとりひとりの聴覚障害児が、ますます発達してゆく科学機器の利用や訓練を通じて音声言語を身につけるために努力することは極めて大事ですが、同時に社会もまたそのあり方を変え、手話が自由に通じ、手話通訳が保障される社会を目指す必要があります。

 聴覚障害の早期発見とそのための検査は、この双方を正しく認識し、一方にのみ偏重することがあってはならないと考えますが、この点についてのご意見を伺いたいと存じます。

以上


平成11年9月21日


東京都新宿区山吹町130 SKビル8階
財団法人全日本聾唖連盟
代表者理事長 安藤豊喜

東京都千代田区霞ヶ関1−2−2
厚生大臣 宮下創平 殿

東京都中央区築地5−3−2
朝日新聞東京本社
社長 箱島信一 殿


Updated:12/17/1999
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