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福祉医療機構助成事業「デフリンピック啓発セミナー」シンポジウム
(2009/2/22)

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大杉 及川先生、聾教育の現場におられ、研究もされているお立場から良いお話をありがとうございました。長い教育経験を通して、ろう者に対する理解が非常に深い方でいらっしゃいます。親心と申しましょうか、ろう者スポーツの発展をさらに望むためにも厳しいご意見を出していただきたいと思っております。時間は既に残り40~50分になりましたが、改めてデフリンピックを知っている方が少ないということについて、それぞれのお立場でデフリンピックという言葉・名称の普及、例えば家族は知っているのか?また、自分自身はデフリンピックという世界、世界ろう者競技大会があるということを知ったのはいつなのか、そのあたり手短かでかまいません。簡単にお話していただけたらと思います。では栄さんから。


 私がデフリンピックを知ったのは高校2年のときに参加した全国身体障害者スポーツ大会(以後、全国障害者スポーツ大会に名称変更)でした。そういう大会があるのか?とそのときは思いました。初めて参加した第17回世界ろう者競技大会(現在:デフリンピックに名称変更)の時は「世界」というものがどんなものなのかを全く知りませんでした。ですから、とにかく行けるだけでも嬉しいという軽い気持ちでおりました。そのときバレーボール女子は10カ国だったような記憶があります。あの時、外国チームにはちょっと失礼かもしれませんがバレーの技術は日本の方が他の外国に比べはるかに上という感じでした。が、なかなか勝てませんでした。勝てないのはなぜかなとずっと考えたことがありました。そのときの成績は4位でしたが、どうして負けたのか、あの時は、外国人は身長が高いしパワーもある、だから無理なのだと思っていただけでした。確かに意識が低かったというのもありました。次のデンマーク大会の時は何が何でも出場したい。勝ちたい。とにかく金メダルをとりたいという気持ちが強かったです。しかし負けました。勝てるはずの試合に負けてしまいました。技術面ではこれまでにない素晴らしい選手が増えたのですが負けてしまいました。負けたのは「チーム力」が足りなかったのではないかという気がしました。

 「デフリンピック」という言葉を知っているか?という質問ですが、大阪市立聾学校では、卒業生のなかにバレーボール、陸上、水泳、サッカー、バスケットに日本代表として参加した選手、役員がいますので、ほとんどの生徒、教師、保護者がデフリンピックをよく知っていると思います。ですから、デフリンピック派遣カンパなどの協力が得られやすいし、強化練習の会場にしても当校の場合は頻繁に使わせていただける良い環境に恵まれていると思います。今、国内においてろう者のバレー人口が減少傾向にあります。ろう学校の生徒の数が減少しバレー部が設立できない状況になっています。近畿地区では昨年10月に近畿地区聾学校バレーボール大会が開かれました。この大会は51回目という長い歴史がありますけれども高等部男子の部・中学部男子の部・中学部女子の部では近畿地区から2校しかエントリーされていない状況がここ数年続いております。生徒も近畿地区の大会だというのに参加校が2校ではやはりなかなかやる気がわかないと思います。参加してもたった1回だけの試合で終わりというような状況の中では、やる気が起こらないし、展望がない、どうしたら良いのかなあと悩んでいます。

 先ほど、松田先生より話しがでましたが、聾学校体育連盟で行われている全国規模の大会は卓球・陸上競技だけです。実際にそれぞれの学校で部活として取り組んでいるのは卓球・陸上・バレーボール・野球があると思いますが、なぜか団体競技のバレーボールや野球は全国大会がありません。夢を膨らませてあげるためにも、将来的に団体競技の部も全国大会を設けていただけたら良いと思っています。全国規模の大会ができなくても西日本・東日本の選抜大会のようなものでもかまいません。聾学校の部活でバレーボールをしている学校が東海地区、関東地区にあると聞いているので、ぜひ実現してほしいなぁと願っています。生徒たちが学生時代からこのような経験をしてこそ、デフリンピックへの意識高揚にも結び付けられるきっかけがつくれると思うし、デフリンピック日本代表を目標に日々の練習に邁進できるだろうという期待があります。

 現在、ろう者のバレーボールチームの状況は 都道府県・政令指定都市チーム、若い人から高齢者までの幅広いチーム、同窓会のようなチーム、聞こえない人だけで作るなどそれぞれのチーム事情は様々です。デフバレーボーラーが参加できる大会は数多くあります。選手のなかには地域のバレーボールクラブや家庭婦人バレーボール連盟に登録をし参加するチームもあり、また聴者のチームに混じって練習をしている者もいます。

 これからは全国聾学校体育連盟や地域の高校、大学のクラブなどと連携をはかりながらデフバレーボールの選手情報収集に努めていかなければと感じています。以上です。


大杉 長野ろう学校はいかがでしょうか?篠原さんお願いします。


篠原 個人的な考え方で宜しいでしょうか?まず自分自身が「デフリンピック」という言葉を知ったのは23歳くらいだったと記憶しております。自分は小さいときは一般学校に通っていたので聾学校の同級生のスポーツ状況について全く分かりませんでした。私自身が知らなかっただけかも知れませんが。言葉の普及については前に言ったとおりパンフレットを配布するのは重要な運動だと思います。また聾学校に通う子供が減少しているという傾向がありますから、ろう学校の生徒の数を増やしていく必要があります。先輩から後輩に歴史を伝達していくような意味で、言葉も自然に引き継がれていくのではないかと思っています。そして「デフリンピック」の大切さ重みをさらに広げていく取り組みの必要があると思います。とにかくその重みを皆さんに分かっていただくためにPR活動をし、歴史などの話をして、受け継がれる流れを断ち切らないような形で拡大していく必要があると思います。皆様も個人個人色々なお考えを持っていると思います。工夫も必要だと思います。以上で宜しいでしょうか?


大杉 いろいろご意見いただきました。次は香川県立聾学校の実情について、個人的なお話でも結構です。松田さん宜しくお願い致します。


松田 体育連盟として時間がありませんでしたので、各地区の意見は聞いていません。ここに来る前に、香川県立聾学校で先生60名、中高等部26名を対象にアンケートを取ってみました。「あなたはデフリンピックを知っていますか?」というものです。回答に「①よく知っている」に答えた先生・生徒は0名。「②名前は聞いたことあるけれどよく分からない」が先生25名、生徒8名。「③全く知らない」が先生15名、生徒18名でした。生徒の中には「先生、それは間違っているのではないか?パラリンピックだろ?」という者もいました。本校ではこのようなことからデフリンピックの知名度はかなり低い結果でした。

 私がデフリンピックを知ったのは今から8年前です。体育連盟の元理事長でありました大阪の上原先生がバレーボールの総監督になった時に知りました。しかしその後も特に体育連盟では話題にのぼらず、恥ずかしながら私もよく理解できておりませんでした。 今朝の講義を受けて驚いたことが2つありました。1つはビーチバレーやオリエンテーリングという種目があったことです。2つ目は陸上競技や水泳競技のスタートについてです。先ほど及川先生からもお話がありましたが信号機のような装置を使ってスタートの合図にしていたことです。非常に良い試みと思いましたので、デフリンピックの競技運営などを参考にして本連盟も取り入れられることについては積極的に取り入れていきたいと思います。どうもありがとうございました。


大杉 今のお話にはちょっとショックを受けました。大阪市立聾学校と香川聾学校に差があるように感じますね。では及川さんにもお願い致します。


及川 国際ろうスポーツ委員会が国際パラリンピック委員会に統合される、その前後のいきさつを研究していました。それを論文にまとめたものがあります。時間があれば後で読んでいただければと良いと思います。その中でCISSがIOC(国際オリンピック委員会)に名前を変えて欲しいと要求をしていた経過を知っています。その名前の候補の1つに「デフリンピック」というものがあったということは承知しています。昔からろう者の世界競技大会があったということもよく知っています。今回、本学の学生もデフリンピック選手候補が4人くらいいます。4人とも学年が1年生なので、彼らの友達はデフリンピックという言葉を知っていると思いますが、他の学生は知らないんじゃないだろうかという状況だと思います。


大杉 今デフリンピックについてどのくらいの方が知っているか、聾教育現場の状況などについてお話をいただきました。やはり「デフリンピック」の言葉を知らない方々が聾教育現場にたくさんおられることはショックですね。「デフリンピック」を広めていく、普及をしていくためにどのような方法があるのか?ここで参加者の皆さん、こういう方法がありますとか、良い案があればご発言いただければと思います。どなたか「はい」と積極的に手を挙げられる方いらっしゃいませんか?何か案をお持ちだと思います。出していただければと思います。ちょっとお待ちください。篠原さんが長野ろう学校の状況説明を忘れてしまったということです。手短かにお願い致します。


篠原 失礼しました。先ほど長野ろう学校の状況を話していませんでした。2006年に台北へ見学に行った時にいろいろポスターをいただきましたので、そのポスターを理科室に貼りました。デフリンピックという言葉を小学部以上は100%の生徒が知っていることになります。ポスターは中国語と英語で書いてありますので日本語をつけて、皆さんが100%分かるというようにしました。学校の方はそういう動きですね。幼稚部は分かりません。


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