第23回夏季デフリンピック競技大会(サムスン2017)日本選手団サイトはこちらへ

福祉医療機構助成事業「デフリンピック啓発セミナー」シンポジウム
(2009/2/22)

≪ 前ページ         次ページ ≫

栄 智美 (デフリンピアン)

 みなさんこんにちは。先ほど紹介をいただきました栄智美(サカエトモミ)と申します。私は第17回世界ろう者競技大会から3大会連続で参加いたしました。第19回デフリンピックで聴覚障害者の団体として初めて金メダルを獲得しました。当時、私はキャプテンを務めました。今日はこのような高い場所で話をするというのは初めてですのでうまくお伝えできるかどうか分かりませんが頑張りたいと思います。宜しくお願いいたします。

 私は現在、母校である大阪市立聾学校高等部で実習助手として勤めております。生徒指導の傍らバレーボール部顧問として生徒たちと共に汗を流しています。今日はデフリンピックで世界一を獲得してから思うこと、ろう学校の部活指導を通して思うことを素直に話ししたいと思いますのでよろしくお願いします。

スポーツの出会い

 私は2歳半の時に聞こえないということが分かりました。幼稚部から高等部までの15年間、大阪市立聾学校で学びました。聴者の母に、私が学校、地域、社会のなかでコミュニケーションに困らないように、つまずかないようにという願いがあったので、私は小さい時から聴者に交じって外で遊んだり、一緒にチームスポーツを楽しんだりしていました。

 中学部に入学したとき、部全体としてのクラブ活動がバレーボール部だけだったのでごく当たり前のように私自身も入りました。同世代の聴者のチームに負けて、家に帰るたびに母から「身体面では聴覚に障害があるだけで他は聴者とそんなに変わらないのになんで弱いの?」といつも言われていました。

ラリー中のコミュニケーションとチームワーク

 バレーボールはチームワークがとても必要なスポーツです。日本代表になってから気づいたことがあります。それは、選手一人一人が与えられたポジションできちんと仕事をこなし、それぞれがうまくかみ合うことで、互いの信頼関係を築きあげることができているチームは強いということです。

 学校のクラブ指導では練習、ゲームを進めていくなかで、生徒がお互いに助け合い励ましあいながら、人間的に成長する手助けができればと考えています。

 ろう者は聞こえない、聞こえにくいということによってプレー中のコミュニケーションの難しさがあります。聴者は攻撃や守備のコンビネーションの図り方はボールをみながら目と声で判断ができますが、ろう者はそれをこなせるのに無理があります。それを補うために、練習の中でいろんなパターンを想定しながら何度も何度も練習を重ねていきます。例えば、2人の間にボールが落ちそうになる場面がありますね。だれがそのボールをとるのか?このボールをどのように処理するのか?チームの中で何度も確認しあいながら細かいルールを作り、練習を積み重ねていく必要があります。その繰り返しの練習によって攻撃面で聴者に劣らないコンビネーションバレーを仕掛けることができるようになります。ある程度、基本的な技術を身につけた選手ならアイコンタクトを活かしたコンビネーションバレーをすることができるようになります。できるようなるまでには時間を費やしますが、いろいろ工夫をしながらバレーをするのは本当に楽しいです。

仲間たちに支えられての金メダル ~デフリンピックでの金メダル~

 選手として1993年のブルガリア大会、1997年のデンマーク大会、2001年のイタリアローマ大会、以上3回デフリンピックに参加しました。その中で一番印象に残っているのは2001年のローマ大会の決勝戦です。世界一が決まったその瞬間は今でも鮮明に覚えています。2001年7月30日、アメリカのスパイクを日本のブロックで突き放した瞬間です。チーム全体があきらめないという気持ちをひとつの結晶にすることで、もう無理だ!負けてしまうと思われた決勝戦を大逆転で破り、世界の頂点に立つことができました。そのシーンは忘れられない思い出として脳裏に焼きついております。私自身、世界一を獲得するまでの道のりは本当にこれまで味わったことのない苦悩の連続でした。バレーで初めて左足を骨折、そして日本代表選手選考の前に左足首の靭帯を断裂してしまいました。元通りになるまで1年要するだろうと言われ、世界が一瞬で遠のいてしまいました。が、家族をはじめ、高校時代の恩師、チームメイト、チームスタッフ、たくさんの方々から「今は怪我をしてプレーできないけど、1年後にはきっとケガから復活して世界で活躍してくれると期待している」という思いがけない励ましをいただき、とても嬉しい思いをしました。いろいろな人に支えられて、再び世界のコートで、またバレーができる嬉しさをかみしめた大会でした。と同時に「勇気」「感動」「感謝」のデフリンピックでもありました。

夢を持て! ~聾学校での部活動指導~

 今、聾学校の部活指導では高等部男子バレーボール部を指導しています。いつも繰り返し言っていることがあります。それは「夢を実現するためには努力する。その環境作りを自分自身がまず作っていかなければならない。まわりのサポートが得られないと、夢の実現はなかなかできない。またサポートを得るために日頃から周りの人に認めてもらえるように信じてもらえるように自ら努力をしなければならない。また時にはくじけそうなるかもしれないが、くよくよしないで常に前を向いて、積極的な気持ちで、練習に励み、試合に臨むといいよ」とクラブ指導のとき話しています。聴者の練習試合で、自分は聴者についていけないと弱い気持ちが出てきた時には「聞こえないからできないということはない。聞こえる人と聞こえない人の区別はどこにもないよ。できる!頑張れ!」とハッパをかけ立ち直らせたりしています。私自身、学生時代はずっと聾学校で育ち職場もたまたま母校なので、これは何らかのご縁と思い、ずっとろうの子どもたちの夢をサポートしていきたいと考えています。教え子たちが世界で活躍する日を夢みてこれからも頑張りたいと思います。今日はありがとうございました。


大杉 デフリンピックに参加された立場でとても良いお話をいただきましたね。私も大阪市立聾学校の高等部のバレー部に入りたいな~と思いました。(笑) では次にバスケットボール協会の理事長・篠原さんからの報告をお願いします。


≪ 前ページ         次ページ ≫